人のかたちをしたなにかなのだと、貴方は言います




シェゾは元々、各地に残る古代遺跡を調べ回っている魔導師だ。目的は単純で、自身の魔力の糧になるような物、もしくは力そのもの。魔力のこもった品でもいいし、珍しい魔導書でもいい。とにかくそういった類の何かを見つけることだ。



その目的自体は俺にとっても都合が良かった。俺が元の姿と記憶を失ってしまったのは、何かしらの原因で抜き取られ、どこかに封印されてしまった可能性が一番高いらしい。アルルたちが通う魔導学校の教師から聴いたものだから信憑性もあるし、過去に類似例があったと大量の蔵書物の中から的確に記述を抜き出して提示もしてくれた。故に、魔物の蔓延る危険な遺跡を探索する価値は俺にもある。

勿論、今の俺は戦闘だと殆ど役立たずに近い。古代遺跡の探索自体は戦闘ばかりではなく、面倒な仕掛けや罠の解除も必要で、シェゾよりも幾分身軽な俺が役に立てるときもあるが、何分シェゾの方が経験は豊富だ。俺を便利な小間使い程度にしか思っていないやつが、俺にいちいち仕掛けの内容を説明したりなんてしないし、戦闘になったらいきなりとんでもない魔法でさっさと殲滅してしまうし、俺がちょっとでももたもたすればさっさと置いて行ってしまう。文句は言えない、ついていけないならそこで終わりだ。シェゾに同行するというのはそういうことなのだから。





広い遺跡を探索するときは、2日、3日遺跡内で過ごすこともあった。野宿よりも気の抜けない状況が多く、休憩は度々挟むものの、殆ど疲れはとれないため実質その期間中は不眠に近い。シェゾは慣れたものだったが、疲労が蓄積されているのに変わりはなく、そんなとき俺は、奴の少し普通ではない一面を見ることもあった。

シェゾは魔物と平気で交渉をする。

はじめてそれを目の当たりにしたのは何時だっただろう。大抵の魔物は、縄張りを荒らす侵入者に襲い掛かってくるものなのだが、或る時出会った少し目つきのわるい、猫のような魔物の群れは、こちらを認めるとじっと様子を窺ってきた。敵意を感じなかった。それでも警戒を解かない俺を差し置いて、シェゾはその群れの前に歩み出て、会話をし始めたのだ。内容は簡単だった。害を為さない代わりに、遺跡の奥まで案内をしろということだった。簡単には魔物もそれには応じなかった。贄が必要だと言う。盟約の証が必要だという。餌のことだろうとは俺にもすぐにわかったが、どうするのかとシェゾの方をちらりと見た瞬間、奴は背負っていた荷物を下ろしてそのまま群れの中心に投げ入れた。あれには食糧や薬草の類が入っていたはずだ。群がり貪る魔物たちの中から、3匹の魔物が躍り出て、俺たちを先導した。結果、食糧は失ったものの探索自体はあっさりと終えることができた。






遺跡で見つけた品々は街で高く売ることができる。俺たちの旅の資金は専らこれで賄われており、それだけでは懐が心許ないときだけ、街で傭兵まがいのことをして稼いでいた。いわゆるギルドというものがあって、薬の材料集めに危険な魔物の退治などの仕事を紹介してもらえるのだが、どうにもシェゾはこれにあまり乗り気ではないらしく、俺と旅をはじめてから3度程しか引き受けたことがない。

遺跡の探索ついでに解決できそうな仕事なら引き受けた方がいいんじゃないだろうか、街にとっても、俺たちにとっても。そう進言したことがあった。シェゾはひたすら面倒くさそうな顔をした。効率がいいとかわるいとか、金になるとかならないとか、そういうことは問題じゃないんだと言われた。俺は意味がよくわからなくて、首を傾げるしかなかった。


























海辺の少し大きな街に滞在したときのことだった。夕方になって珍しく目を覚ましたシェゾが、ふと何かを思い出したように街へ出て行ったから、俺も慌ててついていった。すっかり日も暮れていて、ふと目についた海の方角に月も見えた。シェゾが入っていったのは酒場だった。ぎい、と軋んだ音を立てて開いた扉の向こうは既に賑わっており、もしかして情報収集かなと思った俺もそのあとに続こうとしたところで、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、艶やかな雰囲気の女性がいた。もしかして邪魔だったのだろうかと思ってその場を退こうとすると、坊や、こんなお酒くさい店に何か用なのかな、と女性がにこりと微笑んで、俺の肩に手を置いたまま俺と視線を合わせるように屈みこんだ。

何と答えるべきだろう。俺は少し迷った。シェゾが求めている情報は、恐らくだが海の方で、だから漁師達が集う酒場へと足を向けたに違いないのだが。

海の様子を、漁師……さん達に、尋ねようと。何とかひねり出した言葉はそんなものだった。女性は一瞬少し目を丸くさせたが、直ぐに笑みを取り戻して、なるほど、海ね。坊やひとりかい?こんな時間だと漁師連中はすっかり出来上がっちゃってるだろうから、ちょっと危ないかもよ。そうだ、それならもっと安心して話を……、………。


女性がそこまで言ったところで、後ろから鋭い声がした。何をしている、と、明らかに不機嫌さを全開にして発せられたその声の持ち主は、勿論俺には直ぐにわかった。シェゾだった。女性はすくと立ち上がって、あらちょっとお邪魔だったかしら、と俺の肩から手を離さないまま横に逸れる。しかしシェゾは彼女をきつく睨みつけた後、そのまま俺を見下ろして、さっさと行くぞと吐き捨てるように口にしたと同時に、俺の頭を右手でがしりと掴んで引き摺った。女性の手が自然と、俺の肩から離れた。俺は文句を言う間もなくそのまま宿まで連れ帰られた。






何に引っ掛かってるんだお前は。宿の部屋に戻ってようやく口を開いたかと思えば、半ば呆れたような色を込めた非難の言葉が降ってきた。だって無視するのもおかしいじゃないかと言い返せば、いいんだよ無視すれば、と非常に投げやりな答えを返される。


お前、あれが何だったかわかるか?人買いだよ。子供は高く売れるんだ。


俺は驚いてシェゾを見上げた。雰囲気や喋り方から、どちらかというと水商売の方だと思っていた。でもそういえば、露出の高い衣装を身に纏っていたわけではないし、よく鼻につく香水のにおいもしなかった。後ろから手を置かれたときも、僅かな気配しか感じなかったように思う。シェゾが盛大に吐いたため息に、俺はばつを悪くして眉を顰めた。

あんまり容易く他人を信用してんじゃねえよ、誰もがアルルみたいなお気楽正直者じゃないんだ。平気で騙してくる奴もいれば、うまいこと言って乗せてくる奴もいる。取引したって自分の目的が達せられたらあっさり裏切る奴もいる。
尤もなことを言われた。それはそれで、その通りに違いないのだろう。けれどもはじめから誰も彼もを疑ってかかることが俺に出来るかと訊かれたら、頷くことはできそうにない。わるい、とだけ、何とか声にして、俺は寝台に腰かけたシェゾの方へと視線を向けた。俺はそんなに情けない顔をしていたのだろうか、シェゾは、いつもの機嫌の悪そうな顔よりも幾分困惑したように視線を彷徨わせていた。



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