そりゃだってオンナノコですから、カッコいいオトコノヒトには心惹かれるってものです。冒険者になると決めても女の子らしい気持ちは忘れないでいたいのです。甘いお菓子や可愛い置物、オシャレな衣服とそれはきっといっしょなのです。
この世界を旅する人間は、探せば結構いるのだけれど、ほんとうに腕の立つ人物というのはなかなかいない。ミリアムは術師だ。女の腕力や体力はどうしたって男のそれには劣る。その点でミリアムが術を獲物に選んだのは正解なのだが、術というのはもともと前衛で詠唱時間を確保してくれる人間が居てこそのものであり。
そこそこの実力さえ伴えば、冒険の一団に術師がいることは大きなプラスだ。武器での攻撃の入りにくい不定系や不死系のモンスターを相手にすることは少なくない。治癒の術法もあれば生き残る確率はぐっとあがるし、手っ取り早く全体攻撃を使えるようになることも大きな利点である。故にミリアムもただ冒険相手を探すだけならそんなに困ったことはない。でもまぁ、だからこそ少しわがままを言えば、腕が立ってカッコいい相手を選びたいというのがオトメゴコロというやつである。
その点、グレイはまったく申し分なかった。実力は並の冒険者以上だ、主に前衛で武器を構える剣士系であることはミリアムの相棒になるうえで必要不可欠な事項であるし、また彼は治癒術にも長けている。一人で冒険することもあるらしく、術法もそこまで苦手なわけではない。加えてこの、端正な顔だ。ミリアムは自分を尻の軽い女だと思ったことはないが、グレイに関しては一目で気に入った。愛想はないしいつもそっけないが、共に旅をしてみてもっと気に入った。
「お前の趣味がいまいひとつわからんのだが」
もう一人の冒険者仲間であるガラハドには、たびたび渋い顔でそういわれる。ガラハドは聖戦士とかいう職分で、幾分もお堅い男だ、エスタミルの比較的自由奔放な環境で育ったミリアムとはまるで価値観が違う。加えて神に仕える身でもあるからか、ミリアムがグレイを気に入っただのなんだの口にするのがなんとなく慣れないらしい。
「腕は立つし判断力も優れてる。行動力もあるしなにより顔がいい。別にへんじゃないでしょ?」
「顔って、おまえなぁ」
勿論、ミリアムもあくまで『気に入った』という範囲の話だ。それを勝手に色恋沙汰にされても困る。オンナノコだから、恋愛には人並に興味もあるが、冒険者なんて職業をしていることからもわかるように今のミリアムの対象はもっと別にある。
「あんただって、彼のこと気に入ってなかったらこんなとこまで一緒に来たりしないんじゃないの」
「それはそうだが」
「じゃああんたがそう思う理由ってなに?」
「あいつはめったに表情筋を動かさんし、無口だし、たまに口を開いたかと思えば利き方はなってないし、いやに慎重かと思えば唐突に大胆な行動に出るし」
「それで?」
「よくわからん男だと思ってな。それとも、女はよくわからないから、気に入るものなのか?」
「女、って一括りにするのはどうかと思うけど」
それから、少し沈黙があった。ふたりして顎に手を遣って考えた。
「だが嫌な印象はないな……何をしでかすかわからんから、目が離せんというか、」
「気になるんだ?」
「そうかもしれん」
「そう、それあたいも」
価値観がまるで違う同士ではある。だが見えているものが違うということでは決してないのだろう。
「猫を眺めてるときにちょっと似てるかな」
「猫?あいつが?」
そんなにかわいらしいものじゃないだろう、と言外に言いたげなガラハドの声音に、ミリアムは思わず吹き出した。確かに、迂闊なことをしようものなら引っ掻かれるどころでは済まなそうである。
リガウ島での財宝探しが終わり、パーティーを解散してからしばらくして、北エスタミルでグレイと再会した。またひとりでふらふらしているのかと思ったら、連れが居たのだ。それも女、とびきり美人の。ミリアムは素直に驚いた。久しぶりだからと呑みに誘えば、予想通り少し面倒そうにしながらグレイは承諾した。連れの女性は何か言いたげに彼を見ていた。
彼に負けず劣らず彼女は無口だった。
「へえ、クローディアっていうの」
かろうじて聞き出せたのは名前だった。ついでに、グレイが彼女の『ガイド』をしているということ。何似合わないことしてるのと笑ったが、少々訳ありなのだろうということはミリアムにもわかっている。そこは深く詮索しないのが冒険者仲間としての気遣いだろう。それが心得られないほどミリアムは子供ではない。
「旅はどう?楽しいでしょ」
「別に……」
クローディアは無口だが、声は芯があってしっかりしている。そのあとに何か言葉を続けようとして、ふと口を噤んだようだった。ほんの少し目が泳いだように見えた。ミリアムは首を傾げる。
「素直に言いたいことは言ってしまえ。ここでお前を咎める奴は誰もいない」
隣からグレイが口を挟んだ。それがクローディアに向けられたものだとはすぐに理解した。彼女自身もそれはわかっていたらしく、睨むようにグレイを見る。
「貴方と一緒にしないで」
重たい感情を乗せた言葉ではなかったが、彼女なりの憤りが伝わってきた。ミリアムは肩を竦める。帝国からこんなところまで二人でやってきたようだが、もしかして道中ずっとこんな感じだったのだろうか。
「なら、好きにするといい」
クローディアのわずかな憤りを受けても、グレイはいつも通りの素っ気ない態度でそう返した。そしてそのままグラスを空にして席を立つ。店のカウンターへと向かうのを見送った。
「あーあー、ほんっとに歪みないんだからぁ」
むしろ楽しそうにミリアムはクローディアに笑いかけた。クローディアが少し眉を顰める。
「気にしちゃだめよ、あんなのでも気遣いなんだから、ね?」
「……そうなの」
「そうそう」
「……あなたは、あの人に詳しいの?」
「詳しいかって訊かれたら、ぜんぜん、っていうしかないわね。ちょっと付き合いが長いだけ」
手元のグラスを傾けた。向かいのクローディアには注いでいない、彼女は酒が飲めないらしい。残った氷がかしゃんと音を立てて底に落ちる。ミリアムは酒に強いが、特に今日はうまく酔いが回ってこないようだった。
「ねえ、このまま日付が変わるまでここに居ようよ」
「え?」
「ちょっと見てるといいわ。あなたが宿に帰るっていうまで、彼、きっと勝手に帰ったりぜったいにしないから」
そう、自分と、ガラハドと3人で旅をしていたときもそうだった。酒にはガラハドよりもずっとミリアムの方が強くて、勝負だといって盛り上がった末にガラハドを潰してしまった彼女は、酔いの回った状態で店に居たノリのいい旅の一座たちと夜通し騒いでいた。グレイは、その騒ぎ自体には一切関与しなかったものの、潰れて眠り始めたガラハドの隣でミリアムが帰ると言い出すのをずっと待っていた。すっかり夜明けが近くなってから、彼は自分よりも少し大柄なガラハドを半ば引きずるように担いで、更に酔いと眠気と戦うミリアムの歩調に合わせながら宿へと戻った。
「ねえねえ、あたいも連れてってよ」
次の日の朝、ミリアムはグレイに言った。宿のフロントで待ち構えて。グレイはミリアムを見た。
その綺麗な目が好きだった。冒険者になったなんていっても、ミリアムはやはり自分は女性でありたいと深く思う。別に異性として意識しているからとはまだ思わないが、それでもミリアムは、女として、男のグレイが気に入っていた。
ああだからきっとそう、自分は少し、ほんの少しだけ、彼女に嫉妬しているのだ。自分とは明らかに違う、人にも街にも慣れていない気高い獣のような彼女に。
「あんたはそんなんだし、あの子はちょっと世間知らずっぽいからあんまり気にしてないかもしれないけど、やっぱりオンナノコなんだから」
「……そういって、本当は暇していただけじゃないのか」
「あはは、当たり」
グレイはほんの少しだけ口元を緩めた。それははじめて見る表情で、ミリアムは素直に感動する。
あのグレイが笑っている。
「好きにしろ」
「じゃあ、またよろしく」
フロントの隅に居たクローディアが不思議そうにこちらを見ていた。だから、軽く手を振った。これからよろしく、という意を含めたが、たぶん伝わらないだろうからあとでまた改めて口にしよう。楽しい旅路になることを願っていた。
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