連携が決まると気分が良いのはわかるが、さすがにやたらめったら喜んで騒ぎ立てるような歳でもなくなった。どこへいっても、よく喋るお調子者、だなんて評価を受け続けるジャミルではあるが、孤児だという境遇も相俟って目線はいつも冷静だ。

「ようっし、うまく決まったなグレイ!」
たった今敵に止めを刺した張本人たる男が、構えていた細剣を降ろして明るく言い放った。隣で早々に刀を鞘に納めた男に向けて察せられた言葉なのだが、特に返される相槌もない。だが気にした風もなく、続けて細剣を片した男は機嫌よく右手を軽く挙げた。そして左手で相手の右腕を取ると半ば無理やりハイタッチを交わす。

全く大したもんだなぁ。

服の埃をはたきながら、ジャミルは素直半分揶揄半分にそう思った。ハイタッチを交わしたあとはパーティーの女性陣たるミリアムとクローディアの様子を気に掛けている、あの調子のいい男のことは嫌いではない。よく喋る奴同士、くだらないことで会話も弾むしノリもいい。少なくともハイタッチを「交わされていた」方の男よりもぜんぜん、ジャミルの中では好印象であった。

あのふたりはまるで逆方向の人間性を持っているような気がする。


「他にお怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ」
「それはよかった」
「ま、あのくらい楽勝でしょ」
「頼もしい限りだ」
「ジャン、貴方は平気?」
「私はもう、この通り!」

この調子のいい男…ジャンは、術法があまり得意ではないと自称するわりに、戦闘が終わると真っ先に皆の傷の具合を確認している。過剰な心配を見せず、あくまで自然に、へたくそながら水術を唱えてさっさと治療を完成させてしまう。勿論、戦闘終了後の治療は常識も常識で、ジャミルも、…あのグレイも、それはいつもきっちり行ってはいるのだが。何が違うかと言われれば、よく気が回る奴なのだということだろうか。そこはさすが帝国兵、それも親衛隊所属。身を置いてきた環境の違いがそれを濃くしているようだ。
「ジャミルさんは大丈夫ですか?」
「もう自分で治したぜ」
「それはすみません。……おーいグレイ!」
戦闘が終わったばかりだというのに、よく忙しなく動くやつだと思う。少し離れたところで周囲を見回しているグレイのもとまで駆け足で向かっていった。あれもジャミルと同じく、自分でさっさと回復ぐらいしているのだろうが、ジャンはいちいち近くまでいって確認したがるのだ。そして一見不毛にも見えるやり取りを開始する。


「君は大丈夫か?刀じゃ盾が使えないからな」
「ヘマはしていない」
「そんなこといってさっき思いっきり横っ腹に一発喰らってたの、ちゃーんと見ていたぞ。率先してるのは君だし、確かに君は強いけど、生身の人間なのには変わりないんだからさ。それにいつも回復より敵を殲滅させる方を優先するだろ?治療術っていっても流れた血が元に戻ったりするわけじゃない。傷の放置はそれだけ命が危ぶまれるんだぞ」
よく回る舌が軽い調子でグレイに言葉を投げ続ける。ジャンの方を見ようともしない奴の、あまり動かない表情が少しだけ不機嫌そうにかわったことをジャミルは見逃さなかった。
「説教か」
「そんなつもりじゃあ、」
「先を急ぐぞ」

取りつく島もなし、といわんばかりにさっさと背を向けて先を歩き出したグレイを、ジャンはほんのすこしばかり黙って見つめていた。内心でまたやったなアイツ、と気もなく考えていたジャミルを振り返って、やつは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「……なかったんですけどねぇ?」
これが日常茶飯事だということを、ジャミルはよく理解している。







ジャンとはじめて会ったときは二重にも三重にも驚かされた。ジャミルとしてははじめて訪れたバファル帝国の首都・メルビル。エスタミルとは全然違った趣を持つ大きな街に、こいつは金持ちもたくさんいそうだなぁとか考えていると、グレイはさっさと街の片隅にある警備隊詰め所の方へ足を運んでいた。慌てて追いかければ次はさっさと真ん中の大きな階段をのぼって、あろうことか宮殿の入り口へと真っ直ぐ進んでいったのだ。その後ろを当然のようにクローディアもついていく。さすがにジャミルは焦った。入り口には警備員が何人も控えているのが見えた。
「おいおいそっちは、」
宮殿だろと言いかけて、また目を見張った。入り口を固めていた警備員が、グレイの顔を見るなり道を開けたのだ。それに感謝の言葉もかけずにやはりグレイはさっさと中へ向かってしまう。
「おい待てって!」
まさか貧民街のしがない盗賊だった自分が、皇帝陛下の住まいに正面から堂々と足を踏み入れることになるなんて。旅は道連れとはよくいったものだが、グレイといなければこんな機会はなかったかもしれない。ひそかに浮き足立ってジャミルは後に続いた。



そして帝国親衛隊の隊長さんから依頼を受けローバーンまで赴いた末、地下洞窟で出会ったのがあのジャンである。依頼は遠回しに奴を助け出すことではあったが、仲良く罠にはまってちゃ世話ないぜ、と先導したグレイに悪態も吐いた。旅は道連れ、やはり面倒事の方が多いか。

軽い調子だが、ジャミルとは違って礼儀をわきまえているやつが、グレイにだけは砕けた話し方をするのが気になった。プラス、グレイにやたらと構うのも気になった。正直な話、ジャミルはグレイ相手にまともなコミュニケーションをとることを早々に放棄している。無駄話は好かないと自称するあの男は、ジャミルが出すどんな話題にも大して食いつかず、こっちが深く入り込めば鋭い切り返しで追い出そうとしてくる。流石にこれを続けられるほど強い忍耐力もグレイへの興味もなかったジャミルは、2・3回繰り返したのちにすっかりやめてしまった。もともと飽きっぽい性分だった。クローディアもグレイと方向性は違えどあまり話をするのが好きではないようだし、ジャミルの話し相手はもっぱら、ミリアムかジャンであった。

「お前、グレイの知り合いなの?」
脱出不能なんて言われていた洞窟からなんとか脱け出したのち、自分達の旅についてくることになったジャンに、当然ながら尋ねてみたのだ。そもそもグレイに関しては素性というか奴自身に謎が多い。しかも何を訊いても大概知らん、とか忘れた、とかいい加減な返事をされて、そこから先が続かないものだからどうしようもない。一応いちばん付き合いの長いミリアムに訊いてみても、わからないばっかりだ。
「ええ。あいつがまだ帝国軍に所属していた頃、同期だったんです。配属部隊もおんなじでしてね。まぁ随分昔の話ですが」
「へええ」

グレイが軍に居た、というのも勿論驚きだが(だってどう考えてもガラじゃないからだ)、何よりあのグレイを知ってるやつがここにいるという好奇心が大きかった。
「あいつ、どんな奴だったんだ?」
「どんな奴って……」
酒の入った勢いもあった。根掘り葉掘りきいてやるぜ覚悟しろグレイ!…なんて、本人にも突きつけていない挑戦状を掲げながらジャンに食いついた。ジャンはちょっと困った顔をしながら、少し離れた席で酒を飲んでいるグレイを窺って、へらりと笑って見せた。
「……あんな奴でしたよ?」






「……」
「…なんだ」
「…………………」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「いや、別に大したことじゃねーんだけどさ」

しばらく強行軍を続けたおかげで疲労もあるだろうと、立ち寄ったアルツールで一日休憩を取ることになった。休みたいと駄々を捏ねたのはミリアムだが、受け入れてそのことを決めたのはグレイだった。宿を取ったら物資補給といってさっさと街へ出てしまったので、ジャミルは後を追った。必要なものを必要なだけきっちり買い回るグレイの右斜め後ろをずっとついてまわった。
「ちょっとしつこいくらいがあんたには丁度いいのかと思って」
少し眉をひそめて首を傾げられた。不機嫌そうなものとはちょっと違う、その表情は初めて見た。







軍に居た頃から異質だった。でもきっとどこに行ってもあいつは異質なんだろう、そういうやつなんだろう。そう思っていたと。ジャンは楽しそうにジャミルに語った。怖いものみたさで近づいた、振り回して振り回された。酒が入っていたせいもあって、平時よりもっともっと舌のよく回ったジャンは、その頃の思い出話を滔々と語り続けた。ジャミルは適当に相槌を打ちながら聴いていた。

「……今見ればわかると思いますけどね、あいつは凄いやつなんですよ。腕は立つし頭も切れるし仕事もできる。人を見る目だってあるんだ。なのに協調性がないせいでいつも遠巻きだった。でも別にあいつがみんなを避けてるとか関わりたくないとか思ってるわけじゃあなくって、なんていうか、そうですねぇ、ええっと」
「でも軍ってのは集団なのが主なわけだろ?あんたとかは親衛隊だから少人数で隊列組むんだろーけど。理由はなんにせよ、そのノリって問題じゃあなかったのか?」
「ええ問題でしたよ。おまけになぜかいつも偉そうだし、いや一応隊長とかには敬語使うんですけど、あれはなんです?慇懃無礼っていうんでしたっけ?もうとにかく隣で冷や冷やしっぱなしで。ええでもですね、その、続きなんですけど、ええっと」

ちょっと飲みすぎたのかもしれない。ジャンはええっとええっと、と繰り返しながら何か良い言葉を選んでいるようだった。

「面倒だったんでしょうね、ええ。本人もそういってましたし」
「はぁ?面倒?」
「好きなことを好きなように、好きにしているつもりだと」
「そりゃまた勝手な。何で軍なんか入ったんだよ」
「そりゃあれですよ、あいつも先立つものがなけりゃ冒険者なんて唐突にできませんし。帝国では軍に入るのが一番手っ取り早かったんでしょう。俺みたいなー…っとと、私みたいに親衛隊に所属するならともかく、警備兵なら生まれも育ちも問われませんし」

よくわかんねえ、と、素直に小さく口にしてグラスに残った酒を飲みほした。こちらもちょっと飲みすぎたかもしれない。そこはかとなく頭がぼんやりしている。ジャンは声をあげて笑った。
「わからないから、気になってしょうがないんですよ」









そういえば、もうあれやこれやとはしゃぐ歳でもなくなった。連携が成功したからってハイタッチを交わしたくなるような心は、ちょっと古くなってどこかに仕舞った。でも別に、子供みたいな真似を馬鹿にしたいとかそんなのではなく。歳が過ぎたからってすっかりオトナってわけでもなく。

「ナイスです、ジャミルさん!」
「おう、楽勝だぜ!」
ジャンがあげた左手にこちらも左手で応えた。たまにはいいかと思って、刀を鞘に納めたグレイに盗賊特有の忍び足でひょいひょいと近づきその背を肘で小突く。グレイが振り返った。
「ほら、あんたも」
そういって左手を掲げてみせれば怪訝な顔をする。その様、まるで子供みたいだぜあんた、なーんつって、口にはしないが。


なるほどちょっと楽しいなと、本当にたったそれだけの事で、数年越しでも会いたいやつだというならそれはそれで確かなことには違いないだろう。大人騙しな好奇心だった。奴のように無理やり腕を掴んでやるつもりはないが、この辺から軽く突っかかるぐらいなら続けてみる価値はあるかもしれない。




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