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 あるいはひねくれものだったのだと思う。調子よく粋がっていた体の大きなガキだった。したいと思ったことは思ったときにして、したくないことには断固として首を縦に振らない。無茶だと言われることほど楽しげにやってみせた。それこそ怖いもの知らずで何度危ない橋どころか死線を彷徨ったかもわからないが、不思議と死を意識したことはなかったし。どんな目にあっても謎の自信に満ち溢れていた。根拠は勿論ない。だが事実、この歳まで五体満足のまま生き延びている。自分がクラウストロ人だということを差し引いても大したもんだと自画自賛してみたり。

 文明レベルの高い星に生まれれば、嫌でも高度な文明に晒されて生きることになる。機械に大して興味などなくても必要最低限の扱いは自然とできるようになる、そういう環境だからだ。その最たるはやはり情報収集に関わるものだろうか。知りたくもないことでも目にしてしまうし耳にしてしまう、そういう世界にクリフは居た。



 クォークを立ち上げることになった過程について、今ここで逐一思い出すことはしない。昔から気に入らないことは気に入らないとはっきり口にする主義だった。ましてや正義感などは欠片も持ち合わせてはいない、独断ではなかったことは事実だが、誰もが疑問視しているであろうに口には出さない(あるいは出せない)ことを、憚らない自分がやってしまえばいいという発想ではあったことは認めよう。つまりはそういう人間だったし、今もそこは変わっていないんじゃないかとは思っている。






「マリアはどうだよ」
「物覚えの良い子ですね」

偶然拾ったともいえる、あの小さな女子供のことを、クリフは誰よりも気にかけてやっていた。予感だったのかもしれない。昔から自分の勘はよく当たるのだ。一見すればそこらに居る女子と全く変わったところのない彼女に、クリフは確かに何かを見ていた。

「元々気の強い性格なのでしょう。貴方と違って勤勉ですよ」
それだけでも、将来優秀な人材となることは間違いない。喜ぶべきことだろう。ミラージュの淡々とした報告を聞きながらクリフは無意識に頭を掻いた。すると、ミラージュがくすくすと笑い声を立てた。

「なんだ?」
「クリフ、最近それがクセになっているんじゃありませんか?」
言いながら、ミラージュは自身の後頭部に手を持っていく。ちょうど今のクリフと鏡合わせになるような恰好になった。思わずクリフは頭から手を外してまじまじとそれを見つめてしまう。

思わず、ため息を吐いた。
「昔、親父さんがよぉ」
「はい」
「子供ができたら急に年取った実感が湧くってなことを」
「マリアは貴方の子供じゃありませんが」
「あたりめーだ」

だが似たようなものだ、とクリフは思う。拾ったときにはすでに12の歳を迎えていたから、イチから育てたわけではないし何より自分は大したことを何もしてやっていないが。それでも何があるかと言われたら、居場所を此処に戴いた小さな少女の成長を、実に長い目で見守る機会を自分が得たということ。
「気が強いっていったな?」
「ええ」
「そりゃあいいや。マリアは化けるぜ。これからが楽しみじゃねえか」





 諦観を持った瞬間に、もう自分はダメだなと感じた。線引きをするなど昔じゃ本当に考えられなかったことで、むしろそんな大人に反抗期よろしく歯向かっていたんじゃなかったっけか?そう古い記憶を掘り返してみても特に答えなんてものは見つからない。綿々と月日が折り重なりすぎて、過去の自分が過去のある時点で過去の出来事を前にしてどんな風に考えていたかなんて、自分のことでありながら憶測することしかできない。

 決して暗い考えは持たなかった。ミラージュにもよく言われたが、根が楽観的なのだろう。例え自分の選ぶものがひどい血臭のする道もしくは日々をただ惰性に過ごす道であったとしても、悲観的には捉えられない都合のいい性格。



諦観が育った、ふと頭上を見上げたときに初めて天井があることに気付いた。もうすぐ頭をぶつけるだろう、ぶつけたらきっと痛いだろう、天井を壊すこともできるかもしれない、だけど壊れた天井は容赦なく自分に、その下に居るものたちに降り注ぐだろう。突き抜けた先に見える空は美しいだろうが、雲が寄り集まって雨が降れば。



マリアをリーダーに指名することに決意は要らなかった。同じくらい、自分がリーダーを止めることにも躊躇はなかった。見込み通り、マリアは立派に育った。それは資質や、彼女の持つ不思議な力のことだけではない。まだ自分では幼すぎると彼女はクリフに主張したが、むしろそれはひとつの長所だろう。

「船の積載量みたいじゃねえか?」
元来、理屈っぽいたとえ話をあまり好かないクリフがそんな話ばかりするときは、決まって彼の目に暗い宇宙空間が映っているときだ。要するに、目移りできるものが少なくて退屈なとき。
「まぁどこかに足を運ぶたんびに荷物は乗り降りすんだけどよ。燃やしたり壊したりしない限りはモノなんて増える一方だよなぁ」
「リーダー、酒でも飲んでんですかい?」
「ばっかもうリーダーじゃねえよ」
「こりゃ失礼」

ミラージュと同じく付き合いの長いランカーとは、ミラージュとはまた違った形での意思疎通ができあがっている。なんだかんだいいつつ女であるミラージュ相手にするには未だプライドの面で憚られることを、深刻にならずに駄弁ることのできる仲とでもいうべきか。持つべきものは理解のある友とはよく言ったものだ、誰が言ったのかは知らないが。

「船さえ無事ならどこへでもいけるってのには、同感ですよ。そんで荷物を乗り降りさせてもずっと船に乗り続けてるもんがあるってのもね」
ランカーは妻子持ちだ。そこがクリフとの大きな差でもあった。疑似的にマリアという子供を持ったクリフではあるが、それでもやはり彼の子供ではない。彼女が右も左もわからないような頃から抱き上げて育て上げたわけではない。マリアのことを人一倍気に掛けていたことは事実だが、同時に醒めた目を持っていたことも認めないわけにはいかないだろう。
「クリフさんの船には、今までいろんなもんが乗り降りしやしたからね。そろそろ仕事量減らしても良いとは思ってますよ」
「いや、」
「それとも、ずっと乗せ続けるもんでもそろそろ見つけますか?」
「うるせえなぁ、そうじゃなくってよ」

手持ち無沙汰に両腕を後頭部に回して、椅子の背凭れに寄り掛かった。目的地まではまだ遠い。自分から何気なく振った話題ではあったが、このまま続けると妙な方向へ話が持っていかれてしまいそうだ。逸らしてしまおうと思うよりも先に、言葉が口をついて出ていた。
「あいつの船には何が乗るんだろうな」

ああ、まただ。またこれだ。自分の悪い癖かもしれない。ミラージュならば聡く察していただろうから、今いなくて本当によかった。わるい、と言いながら反省の色がまったくないのもいけない。



これが天井の見えた人間というやつなのだ。



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