祝ってくれる声もないのに、誕生日なんか要らなかった。
「サガもいないじゃないか」
子供のような我が侭で捻くれた。すっかり冷たくなってしまった指先を、温めるものは赤いなにかしかなく、特別だと喜んだものにもともと価値などなかったことすら思い知らされて、泣いた。
「私は要らない。放っておいてくれ」
そう言って部屋から出て来ない友人を、外で待つふたりの少年は。言葉を紡ごうとしては止め、紡ごうとしては止めを繰り返し、とうとう部屋の前に腰を下ろした。引きこもる友人に負けず劣らず捻くれたふたりには、悪態や罵倒は幾らでも思い付けても、慰めなどできはしなかった。
「……」
別に、放っておいてくれ、と言うなら放って置けばいいのだが。それができないのは原因が原因だからか、それとも生んでしまった連帯感の所為なのか。
結局一晩中部屋の前に座り込み、夜が明けて扉を開けた引きこもり友人にどやされて、一年にたった一度のその日は終わった。
「おい山羊」
その二ヶ月かちょっと後。突然少年のひとりが提案をした。彼が小脇に抱えていたのは『ケーキの作り方』とかいう、おおよそ少年の悪人面には似合わない題名の本だった。
「…できるのか?」
「やってみなきゃわかんねぇ」
本を抱えてきた少年は、手先が器用で料理が得意だった。だが流石にケーキは作ったことがなく、うまくいく確率は未知数だった。
「だから言っただろう。レシピ通りに作った方がいいって」
「そんなんしたって意味ねーだろーが。書いてあることをそのままやるなんてことは素人にだってできんだよ」
「なんだその半端なプロ精神は。ケーキに関しては素人じゃないのか」
「うるせー山羊!てめぇなんてただ材料渡して本読み上げてただけじゃねえか!」
「手伝えといったのはお前だ」
「そこまでド素人だとは思わなかったんだよ!」
「…お前ら、少し静かにしろ」
無為な喧嘩を続けるふたりを制す少年の前には、少々型崩れしたケーキがワンホール。
「なんだ、私に実験台になれと?」
花のように美しい顔はにこりともせず、ただ自嘲気味に息を吐くだけだ。目つきの悪い少年が首を横に振った。なら何だ、とますます訝しげにふたりを睨む友人に、髪色の薄い少年がぶっきらぼうに答えた。
「遅くなったたんじょーびおめでとーだよ」
「…はぁ?」
形の悪いケーキと、ふたりの仏頂面を交互に眺めて。
「…遅すぎて結びつかないぞ」
ごもっともだ。しかも結局まともなものを仕上げるまでに一ヶ月かかって、季節は既に巡りに巡り、どちらかと言えば髪色薄い少年の誕生日だと言われた方が納得のいく時期になっていた。
「ふ…あははははは…」
見た目は悪いが味は悪くなかった。ケーキは見事に平らげられて、三ヶ月遅れた誕生日を祝う。
そんなことがしぬほど嬉しかったのだと、今更伝えてももう遅いだろうか。大事にしたいとか愛しているとかそんな背筋の寒い話ではなくて、手も取り合えないただの共犯者たちが、たったそれだけの幸福に見出だした立ち位置と生きていく願望を思って寄り合った。
それを何度忘れたって何度破いたって何度繰り返したって構わないから、重ねてその高みから。
泣いた街へと飛び込める日が来ることを。
「おい魚ぁー」
宮の外から間延びした声がした。
「ようやく来たか蟹。ん、シュラはどうした?」
「酒忘れたって取りに帰った」
悪人面のまま育った“少年”は、右手に様々な食材で溢れた袋をさげ、左手には白い箱をさげていた。それを見て、美しいまま育った“少年”は笑いながら指をさす。目つきの悪いまま育った“少年”が階段を駆け上がってきた。
「それ、」
ふたりが目の前に並んだところで口を開く。
「今度はうまくいったんだろうな?」
『決行日は三月十日。極上のワインと飯を献上せよ。ついでに贈り物とやらも持ってきたらありがたく受け取ってやる。以上。
PS.手抜いたら潰す』
デイズ
あとがき