川面が陽を反射して煌めいている。流れは非常に緩やかであって、上から下へ、落ち着いた様子で落ちていく。
じゃり、と小石が擦れ合う音がした。同時に静かな川面がゆらりと揺れ、ぱしゃ、ぱしゃ、と水の跳ねる音が響いた。
「二回か」
少ないと言外に込めた声がする。
川べりに、袴をきっちり着込んだ“ひとつ目”の男が姿を現す。かなり使い古された竹刀が腰に差されている。明らかにその竹刀を振るっている途中で来ましたという感じだ。顔の右側を覆うような黒い眼帯は強烈な印象を人に与え、開いた左側には人を捉えて離さぬ鋭い瞳が載っている。
「お上手ですね」
その“ひとつ目”の隣に、白髪で長身の男が並んだ。“死神”と称すに相応しい、危険で油断ならぬ物騒さのある空気を漂わせている。
この穏やかな流れに、そのふたりの男は大変不釣合いであった。
“ひとつ目”は、足元に広がる石をひとつ拾い上げた。
平たく、角の少ない手触り滑らかなそれを、しばらく片手で弄んで素早く川へと投げ入れる。
ぱしゃ、ぱしゃ、と再び響く。
「やっぱり二回か」
そして再び少ないと“ひとつ目”は不満そうに口を尖らせた。
何の儀式なのだろうかこれは。沈黙のまま碌に会話もせず、“ひとつ目”は足元の石を選んで投げ、“死神”は楽しそうに眺める。
その儀式を数十回と繰り返した後、不意に“死神”が“ひとつ目”の前に石を差し出した。
一瞬“ひとつ目”の動きが止まる。そして“死神”の手に乗るそれをまじまじと眺めた。
それは、硬く角ばって体積が大きく、手触りの悪いもので。
やがて無言でそれを取り、先程までと同じように川面をめがけて投げ入れた。
どぼん!・・・と鈍く沈むような音がした。
その音に“死神”の目が少し開き、口端が吊上がる。
“ひとつ目”が小さく舌打ちした。
「平たくねぇと上手くいかねぇんだ」
「そうでしたか」
自分の腕が悪いわけではない、自分でそう口にした割に上手くいかなかったことに苛立って足元の石を蹴り飛ばす。その様子を見て“死神”は不思議そうに首を傾げた。
「ご不満ですか」
“ひとつ目”を覗き込むように腰を曲げる。長く白い髪がゆらりと揺れた。その隙間から僅かに、酷く淀み輝く嬉しそうな目を確認して、“ひとつ目”はまた飽きもせず足元の石を拾って弄ぶ。
「物に左右されんのは好きじゃねぇ。場所でも時でも、人でも一緒だ」
手の中の石を、一度真上に高く放る。頭上高くまで上がったそれが元の手の内に戻ってくる前に掴み取ってそのまま川に投げ込んだ。石は弓なりの綺麗な曲線を描いて川に吸い込まれ、軽快に音を響かせる。
ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ・・・・・・
「随分と練習した」
音が止んで、“ひとつ目”が口を開いた。
“ひとつ目”の身で、正確に物を捉えるのは非常に難しい。遠近感も視野も、ふたつとは比べ物にならない程に精度は落ち、取り込む光量も半分以下で、視界は当然暗くなる。
しかしそれに甘んずることはしたくない。
“ひとつ目”はまた口を開いた。
「ガキの頃、日の出から日没まで一日中やってたこともあった」
この儀式に、物理的な理由は何もない。
当時子供であったとしても、それが分からないほど“ひとつ目”は馬鹿ではなかった。日没、朝餉を胃に収めた限で腹を空かせて帰ってきた“ひとつ目”を、優しく咎めた男を思い出す。
どうして?とよくきかれた。
何故?と今でも尋ねられることがある。
聞かれても答えられはしなかった。悔しかった、としか言い様がなかった。
突如、どぼん!!という鈍い音が耳に飛び込んだ。はっとして“ひとつ目”が音のした方を見る。静かな川面が波紋を描いており、そこには大きく泡が発生していた。
「おや、上手くいきませんね」
言葉の不可思議さとは裏腹に、どうも性質の悪い楽しそうな感情を込めた声をあげながら、“死神”は、もう一度“ひとつ目”のように足元の石を拾って乱暴に川へ投げ入れる。またもどぼんというあの音。
「あなたのようにはいかないようです」
思わず笑った。何度も、あの失敗を意味する鈍い音がするのに、“ひとつ目”は止めろと言えなくなっていた。
“死神”が“ひとつ目”の掌に石を置く。意図が汲めずに“死神”の顔を見る。
たのしそうな“死神”は小さな子供のように“ひとつ目”の顔を覗き込んでいた。
掌に置かれた石を見る。平たく、手触りのよい石だった。
優越感
随分前に。
ブログでちくちく文章を書いていた私が、ネタを探して「なーなふしぎ!なーなふしぎ!」
となっていた時に息子がくれたネタです。
ファイルを漁っていたらそのときの息子のコメントが残っていまして。
「あ、これかいてみるか」と一日で書き上げてしまいました。
楽しかったです。
こういう意味のないものを書くのが好きです。