「肩肘張るとしんどいだろ」
アイオロスの苦笑いを視界の端で捉える。思えば、今まで一度もアイオロスに組み手で勝ったことはなかった。百戦もやったかは数えてないからわからないが、もしそうならつまり百戦百敗。不名誉もいいところである。


シュラは何故だろう、と。考え続けた。夜になってもひとり訓練を続けて、それでも今一つ掴みきれない感覚。つかない自信。問い掛けのたびに濃くなる暗闇。どうしても辿り着けない場所があるようだった。そこにアイオロスはいるに違いない。


「シュラ、力が入りすぎだぞ」
明くる日も負けた。かなり粘ったが負けた。やはり捉えたアイオロスの苦笑いに、戦いのときに力が入っていないというのもどうなのだ、と胸の内で呟いていた。そういう意味じゃないとわかっていながら、シュラはアイオロスから逃げていた。正確には、アイオロスと向き合うことから逃げていた。自問自答は辛くない。疲れや痛みも、皆が恐れる程には大したことなどなく、シュラは今日もひとり、何故だろう、と腕を振り上げる。







結局シュラがアイオロス相手に白星をあげたのは、後にも先にも13年前のあの一度だけだった。
既に覆らない百一戦一勝百敗。そこにははじめから、名誉も何もなかったのだ。







泥に塗れた、その月日







ロスシュラっていうか、ふたり。シュラの不器用さの真髄は途中で自分の信仰に逃げるところにある気がする。見ないフリをするデスマスクとアフロディーテとはちょっと違って。

うーんロスシュラはギャグとかじゃないと書けないなぁ…てか、ロスサガもロスシュラも何でロス兄さんはあんなに影を浮かび上がらせるんだろう









※身も蓋もないので注意です。カノミロとラダカノ





「目が見えないのと耳が聞こえないのと、どっちが嫌だろうな」
適当に引っ張り出したであろうグラスに水をごぼごぼ注ぎながら、カノンはそんなことを言い出した。情事のあとで頭がうまく働かないミロは、一瞬カノンのいったことを理解できず数度瞬きをした。
状況と、文脈を理解する。そしてようやく、
「そりゃあ、」
と口を開いた。
「目だろう」
「ほお」
「何をされるかわからんのは、きつい」
真顔でいえば、カノンは破顔した。零れそうなほど水を注いだグラスをミロに押し付けてくる。シーツの上に何滴か垂れた。
「なら一度目隠しなんかもいいかもな」
「冗談いうな!絶対ごめんだぞ!」
口に含んだ水を吹き出しながら慌てて否定する。ミロは暗闇が嫌いだ。必死に言いさえすれば、カノンはそんなことしないとミロは経験で知っていた。





「耳だろう」
乗り上げてくるラダマンティスは即答する。
「ほお」
「目は自分の意志でも閉ざせるが、耳は特別なことをしない限り常に開かれている。それが閉ざされることは、嫌悪というよりは恐怖だぞ」
とうとうと。ただの戯れの言葉に、いちいち生真面目に返してくるラダマンティスがおかしくて堪らなかった。けらけら笑うと少しむっとされる。
「なら一度閉ざしてみるといい」
乱暴に両耳を両手で挟まれた。空気の圧でばしっ、と中に音が響いてくぐもる。しかしそんなことしても完全に聞こえなくなることはないのだから、その恐怖とやらもきっと完全ではないのだろう。


カノンは目を細めて天井を眺めた。





無音情事






せいやハマる前からずっと考えてたことなのですが…耳は怖いんじゃないかなぁ…とか









サガには、時折黒い渦の中に身を呑まれる瞬間があった。目の前に横たわる怠惰な行いと脇目も振らずに通り過ぎる時間。足の裏が地面を感じすぎて、立っていなければならないと呟いてしまう。以前まで何の苦労もなく見通していたはずの理想が曇る。
その時、サガはこの世の全てが自分の敵に思えるのだ。不安を弾圧するために固めた拳が急に頼りなく思われて、空を切る感覚にすら嫌悪が走る。

こうなるともう、術はない。黒い渦が静かに退いていくまで待つしかないのだ。暗闇の展望しか映さない両眼を閉じて、サガは呪う。黒い渦が苦にもならないと笑うものを、黒い渦からいとも容易く身を離すものを、がむしゃらにもがいて渦から脱出するものを。いっそ、渦と共に歩いていこうとするものも、サガには煩わしくてならなかった。そうして逃げない、そうして受け入れられない、その中でサガは益々自分の高潔を信じるようになるのだ。





無題






双子は、サガが自分を捨てられなくて嘆いて立ち止まって、カノンが自分を見つけられなくて黙って走り出した感じがします









「よし来い、カノン」



海界での仕事がようやく一段落ついて、久しぶりに聖域に帰ってきた。珍しく双児宮に居たサガが、『ミロが寂しがっていたぞ』とか言ってくるからわざわざ天蠍宮まで上ってやったら。




天蠍宮のソファー(俺用)でふんぞり返るミロが真っ先に目に飛び込んできた。よく帰ってきたなカノン、と滅茶苦茶偉そうに腕組みをしていってきたから、ああ久しぶりだなミロ、と普通に返事をしただけなのに。
次の瞬間、奴は組んでいた腕をグレートホーンのように解いて、冒頭の一言。



「…何の真似だ?」
「難しいことは考えんでいいから、来いカノン。俺がぎゅーってしてやる。ぎゅーって」

嫌だ。何故ぎゅーってされなければならんのだ二十八歳にもなって。いや時たまサガがやってくるときはあるが、サガは無理矢理払ったり拒絶したりすると鬱になったりするから、仕方ないのだ、うん。てか大の男がぎゅーとかいうな。薄ら寒いわ。


「サガがな、お前のいない間にお前の話を沢山してくれたのだ」
「……へぇ」
「俺はお前が泣いたところを一度しか見たことないが、昔は寂しがりやで泣き虫で癇癪持ちだったと」


激しくミロを殴りたい気分になったが、そこはぐぐっと堪える。衝動で暴力は振るわないと決めている。悪いのはミロではない、サガだ。ミロはただアホなだけなのだ。


その話で何を勘違いしたのかは知らないが、ミロはきらきらした目を俺に向け、大きく両手を広げて待っている。俺は頭を抱えた。まず何処から説明するべきなのだろう。昔とは違う、今は待ってなくていいから寂しくはない、とか言うべきなのだろうか。それこそ薄ら寒いわ。結局俺がとった行動は、飽きるまでほっとく、だった。





精神的に色々疲れて帰った双児宮で、『ぎゅーっとされてしまえばよかったのに』とか元凶はにこにこ曰いやがったが、するのはともかく、されるのはどうも気に喰わない。そもそもサガお前が、と怒鳴りかけた時。

サガがにこにこしたまま両手を広げて待っていたから俺はもう、ベッドと友達になることにした。所謂、ふて寝、という奴だ。






悪戯エンブレイス






入れ忘れていたので此処に。

…なんだこれ…カノンを甘やかしたい衝動に従った謎の産物です。私はとにかくカノンをかわいいかわいいしたくてたまらないらしい。
てかカノンが泣き虫で癇癪持ちだったのは、そうすりゃサガが構ってくれるからだと思うよ。計算づくです。あいつ悪い奴ですから。









幼い時分の話だ。外は既に暗闇に包まれていた。カノンは眠たい目を擦りながら、僅かに窓枠を打つ雨の音を聞いていた。


サガの小宇宙が届いたのは、そんなときだった。
『カノン、カノン。聞こえるか』
呼び掛けられて、ぱしぱしと瞬きを繰り返す。小宇宙だとわかっていながら首を捻って部屋を見渡した。
「どうしたサガ」
『すまない。起こしたか?』
カノンが眠たそうに返事をしたからだろう。サガは申し訳なさそうに謝ってきた。
「構わん。だからどうした」
『ああ、雨がな、思ったより酷くて。周囲は暗いし今なら私しかいないから、傘を持ってきて貰おうかと思ったんだが…』
サガの声が少しの間途絶えて、雨音が耳に響いた。外は寒そうだ。
『もう寝ようとしていたんだろう?体を冷やしたらいけないしな…突然悪かった、走って帰るよ』

確かにこのとき、カノンは既に湯も被って身を半分毛布の中に突っ込んだ状態だった。しかしサガの小宇宙からして、サガが居る場所はここから大した距離ではなさそうなことを、カノンは察していた。

だのにカノンは、サガの残念そうな声色に、一瞬反応が遅れてしまったのだ。
「サ、」
『じゃあお休み、カノン』
まるでなかったことのようにサガの小宇宙は透けるように消え、再び雨音が耳を打った。





カノンは今でも、あの時サガの声を遮って傘を届けるべきだったと後悔している。

誰かは些事だと呆れるだろうし、サガがそんなたった一度きりのやり取りを覚えているとは思わないのだが、あの時カノンは確かにひとつ、間違えたのだ。後ろめたさだけが背に降り積もる。





我が身と雨垂れ






実はただの実体験話です。
そういう後悔は小さく沢山存在するわけで。









子供であることを疎んだ時期があった。



寝台の上ですやすやと眠る小さな弟子と、大きな師を目の前に、ムウは溜め息を吐いた。今日は晴天だというのに、眩しくも暖かな太陽の下よりも陰りのある柔らかな布団の上がお好みらしい。



どれだけ多くの知識を身に付け経験を積んだとしても、子供は未熟な生き物である。その体の大きさと同じだけ、抱え込みすぎれば逆に振り回されてしまう。だからあの頃は、子供であることを疎んでいた。

しかし、大人になっていけば大人になっていくことにも失望する。物事を斜めから見ることしか叶わず、常にその妥当性について思考を巡らす。聖戦時、真っ直ぐに女神を信じることのできる子供達を羨ましく思った。大人は大人でまた、嫌な生き物だった。



今は。今はどうだろうか。自分が近付いてもまだ微睡みの中で息をする二人。その穏やかさを慈しめる心が無いわけではないけれども。

「…二人共、私のベッドの上で何をしているのですか」

昨日洗濯したばかりの白いシーツを思い切り引き抜いた。小さな悲鳴をあげて床に転がった子供と大人の頭を軽く叩く。目を覚ましてひどいだの痛いだの可愛らしい文句を口にする二人に、ムウは極上の笑みを見せた。





この両端の中心であれ






羊師弟すきです。









ここには、雪が降らない。




どしゃっ、と固い地面の上に倒れ伏す音が響く。砂埃が舞った。一陣の風が吹き去り、ようやく開けた視界に赤い鮮血を見定めて、細く長く息をつく。
安堵にしばし我を忘れるのもあっという間だ。鼻をつく鉄の臭いがすぐにあたりを漂って此処に届く。込み上げる吐き気を抑えるために、手にした薔薇に顔を近付けた。毒を含んだ香気だが、立ち込める戦場後の生臭さより随分マシだ。


いっそ全て白が埋め尽くす世界なら、この不快な気持ちも隠蔽されるだろう。
空は曇り空なのに。
ここには、雪が降らない。
代わりに、今にも雨が降りそうなのである。





胸を焼く




アフロです。血の臭いに笑うのがでっちゃん、無口になるのがシュラ、機嫌悪くなるのがアフロディーテ、な感じがします








聖域内でまともに飯が作れる奴は、実は結構限られている。神官に頼めば勿論快く作ってくれるので、必要ないといえばそうなのだが。
デスマスクは生活の基本的な事項について、他人の手を借りるのを非常に嫌った。まだ幼かったときも極端にそれをはねのけ、一日三食全て何とか自炊し、おかげでひとつの趣味にまで今はなっていた。


「で、どうなんだよ」
「…何が?」
「冥界の翼竜殿とは」


もう一度云うが、聖域内でまともに飯を作れる奴は限られている。デスマスクは勿論、あとはムウにアルデバラン。アフロディーテやシュラもできないことはないがあくまで生活に支障がない程度であり、またミロとシャカは驚くほどできないしやろうともしない。カミュとサガはレパートリーが二、三しかなく大抵同じものしか作らないし、アイオロスとアイオリアは何でも食べるので論外だ。
「ラダマンティスか?」
「ああ」
「何でお前がそんなことを気にする」
「聖域の聖闘士にして海界の海将軍が、冥界三巨頭のひとりとどうお付き合いしているのかと思ってな」
そして今、遠慮も挨拶もなしに巨蟹宮に来てパスタにがっついているカノンは、どちらかといえば限られている人種に属する。が、普段は面倒くさいのかそれとも味をしめたのか、他宮に集りにくることも多い。
「…サガの回し者か」
「ちげーよ。純然たる興味だ」
「何処が純然だ」
「今は友好関係築いてるとはいえ、何度もいがみ合ってる相手じゃねえか」
「別に、普通だ。要らんことを考えんでいいから話しやすい奴ではあるがな」
ミロには『すぐに餌付けされる』と顔をしかめるくせに自分のことは棚上げらしい。どうにもこの男、基本的に他人と己を完全に別物としてものを考えている節がある。例えばムウやシャカのように、客観的で冷静であるというより、種族を違えて見てるような。
「クソ真面目で融通が利かんときもあるが、そんなものは些事だな。サガも大して変わらん」
「…なぁ、おい」
「何だ」
「いや…」



まさか餌付けされたんじゃないよな?



「…や、何でもねぇ」
とか、聞くのは流石に憚られる。ただそれ以外に何故何理由についての部分の説明が思い付かないのが困った話だ。ほらだって、飯さえ振る舞えば何でもべらべら喋ってしまうではないか、こいつ。…そこまで子供ではないと、信じてはいるが、信じているだけでそうだと確定しているわけじゃあないのだ。





昼飯時




意外に双子弟と蟹は仲良いと思います。卑屈コンビ的な。カノンの方が五歳も年上のくせにでっちゃんの方が大人だといい。








あがる硝煙に視界を遮られ、傍らを過ぎ去る影に対しての反応が大幅に遅れた。
しまった、と思いつつもすぐさま態勢を整え、多少のダメージは覚悟の上で防御よりも攻撃を優先する構えを取った。晴れてきた煙の中からゆらりと見えた影に向かって、拳を突き出そうと足に力を込める。あと少し、上手くいけばこの一撃で終わるだろう。



が、それよりも速く目の前に黄金の翼が飛び出し、影の放ったであろう一撃を片腕で捌いた。
「大丈夫か、サガ!」
首を少し後ろに捻って、黄金の翼を持つ男は爽やかに微笑んだ。一撃を捌いた右腕は少し焼けて皮膚が裂けている。しかし男はひとつも気にした素振りも見せず、身を前線へと翻した。






…見えただろうか、その失望の色が、明らかに軽蔑の意を込めたその表情が。ぎり、と密かに歯を食いしばる。再び前に向き直ったその背中を、サガは無性に砕きたかった。





背中、足音




不穏








床をぺたぺたと這い回る何かがいる。小さくはないが、そこまで大きくもない。灰色で毛のあるやつだ。それは足音も立てずにててててと床を走り、ソファーに寝転がるカノンの回りをぐるぐるしている。



ふみゃぁぁぁぁ
…猫だ。紛うことなき、猫である。



「うわぁ、とんでもなく可愛くないな」
ミロが猫を指をさしながらけらけら笑う。
「なんだ?煉瓦の壁に顔面衝突でもしたのか、こいつ」
「ふみゃぁぁぁぁ」
「おお、声まで可愛くないときた。相当だな」
めちゃくちゃを言いながらもミロはどうやらこの不細工な猫に興味を示したらしい。動き回る猫を抱え上げようと手を伸ばすが、猫はすすすとその手から逃れ、ソファーの上のカノンの腹上にぴょんと飛び乗った。
「何だ貴様、俺よりカノンがいいというのか!」
「ふみゃぁぁぁぁ」
「それとも何だ、自分はてめーと違ってカノンの上に乗る権利持ってんだぜということを俺に見せ付けているのか?」
「ふみゃぁぁぁぁ」
「猫の癖に生意気な、貴様そこに直れ!」
ミロがソファーに突撃してきた。ふみゃあ!と怒った声をあげて猫はソファーから飛び降りる。同時にミロの右拳がカノンの腹に命中した。
「大人しくしろ!」
「…おいミロ…」
「待て!」

すぐさま猫を追い掛けにいってしまったミロの姿をカノンは恨めしげにみる。
「…人の腹に一発いれておいて詫びもなしか」
ふみゃぁぁぁぁという可愛くない鳴き声がその言葉も掻き消した。





小動物騒動




激しくどうでもいい