わたしたちはいつも何らかの話をした。痛くて辛い修行時代のこと。思い出すだけで忌々しい顔面を殴りつけてやった相手。貧相な見た目をすぐに馬鹿にして自らを誇示する愚か者。妬み蔑み疎み、心を醜く劣悪にさせ、ついに追い出されたもの。または此処に来るまでの経緯などというどうでもいいこと。或いは自分が殺した人の数、犯した罪の数、吐いた嘘の数。だけどわたしたちは死ぬときの話はしない。それ以外についてはもう語り尽くしたといっていいほど話したのに、わたしたちは死ぬことを決して口にはしない。それは何時頃からかわたしたちの間で決まった暗黙の了解で、例え任務で少し死にそうな思いをしたとしても、死について、わたしたちは言葉を交わさない。
見えない終わり
もっと長かったんだけど気に入らなかったから切りました。年中組です。「あいつのことはよくわからんわ」って言いながらよくわかってる年中達が好きです。
退屈なんですか。出来るだけ丁寧に、感情が滲み出ないようにと気をつけたのに、思ったよりも低い声が出た。ああしまった。
「ううん、シュラと話しているんだから退屈なわけじゃないだろ」
それが暇人のすることだと言いたいのだが、彼は眩しいくらいの笑顔で反論を許さない。この人は苦手だ。決して嫌いではないが、やはり苦手だ。
自慢できたことじゃないが、俺は茶を煎れるのは下手だし、料理も生活する上で不便のない程度にしかできない。加えて付き合いの長い友人二人に『奇跡の仏頂面』と言われるほどに愛想がなく、舌も大して回らない。つまり、俺のところにわざわざ来る理由が見つからず、ましてや会話などこっちにとっても困ったことだ。
だが年上、そう彼の方が年上。黙ったままでいるなど失礼にも程がある。何とか話題を探そうと頭を回転させてみた。その間、表面の全運動が停止しているなど考えたこともなかった。
「シュラ、顔をあげようか。俯いて難しい顔をしていると幸せが逃げるぞ」
言われたので仕方なく顔を持ち上げた。彼が満足げに頷くのが目に入る。
ああ、あとどの位この気まずい時間が続くのか。頼むからさっさと帰ってくれとは口にできないが、そう願いながら今日に限ってこない友人二人を恨んでいた。
山羊さんと射手兄さん
…なんだ、これも続くのか!?
ロスシュラすきなんだが、ロス兄さんがシュラ好きとかシュラがロス兄さん好きとかそんなんじゃなくてただの嫌がらせに近い感じがいいです。ロス兄さんがシュラを押し倒しても多分冗談です。反応が面白いだけです。自分で書きながらちょっと酷いなと思いましたがロス兄さんはきっとそういう人です。
「例えば餓鬼の頃の俺が、」
床に寝転び天井を見上げた状態のまま、何を見るともなく呟く。
「人目を避けずに生きていけたとして」
机に向かう体はそのままに、顔だけを床に転がる奴に向けた。表情はよく見えないが、きっと腹でも空いたと言い出しそうなぐらい、大したものも作ってないだろう。想像がつくのは、ほんの少しの付き合いのため。
「あんな風になれたかなあ」
問いと云うよりもずっと独り言に近く、自然と唇の先から零れたような台詞だった。それが何を指すかはわからない。わからなくても、今自分がしてやれることは知っていた。仮定の話はしないんじゃなかったのか、と声をかけてやる。それだけで奴はひどく嬉しそうな顔をして笑うのだ。
耳を傾ける
もやもやしたのでなんとなく。カノンの思考は連続性に欠ける気はするけど、どっかで根っこが繋がってるイメージです。
何かラダカノこんなんばっかだな。話をする、とかそういうところに重きがあるらしい。
気まぐれふらふら。うえしたうえした、ひだりひだりみぎまえ。次どこに向かうかなんて予測がつかない。そんなんに付き合ってやってる俺えらい。
「おお、あれ格好いいなぁ」
急ブレーキで装飾品店の前。目をつけたのは指輪の列。少し値の張る指輪の列。その手にはもう場所がないほど指輪がはめられているというのに。部屋に戻れば行方がわからないほど指輪がしまわれているというのに。
「赤い宝石が嵌められてる奴が欲しかったんだ」
寄って良いかときいてくるが、返事をする前に店の中。もとより意見を聞く気はない。わかっていたから気にしない。俺の指に指輪はない。邪魔だし欲しいとも思わない。
「真っ赤な奴がいい、真紅に銀なんて格好いいだろう」
ああ、びっくりするぐらい似合うだろうな。お前には赤がよく似合うよ。探す気があるのか店内をうろうろきょろきょろ。代わりに探してやってる俺えらい。
「あったか?」
てのひら乗っけて間近で見せる。わかりやすく見開いて輝き出す目が眩しい。
「完璧だ!」
待て待て待ていと引き止めて、財布を取り出し金を出す。こんなときばかり素っ頓狂な顔をするから始末に負えない。買ってやるよしゃーないから。どうせこいつのことだし、財布の中身なんて考えずに来たんだろう。
「いいのか?!」
あ、多分いま財布の中身思い出したな。普段ならここであまり良い顔をしないはずだ、後で返せっていわれるから。
「恩に着るぞ!」
気まぐれふらふら、うえしたうえした、ひだりひだりみぎまえ。でも確かに向けられる、屈託なんぞどこかに置いてきたと言わんばかりの表情に、俺は今日も間違えた。今日も何処かで言い損ねた。くそったれ、忘れてたとか有り得ねえ。
曲がり道ウインドウショッピング
なんだこれは。笑いしかでないぞ。カノミロがかきたくてもやもやしたんだと思います、多分。
しかし今日も間違えたのは、カノンではなく私なのではなかろうか。ずっと手探りしてる気分です。
夢を見た。おかしな、というか、異様な夢だった。夢の中の俺は処女宮の前に立っていて、入り口を凝視し何かを待っていた。
「君が最後だ」
どこからともなくシャカの声がした。とても面白おかしそうな声だった。俺は今までシャカのそんな楽しそうな声を聞いたことがなかった。そんな状況でも、夢の中の俺は入り口から目を離さなかった。
「皆はもう別れを告げたよ、君も私に会いに来るがいい」
断る!
シャカの言葉の意味など全くわからなかったが、夢の中の俺はそう叫んだらしかった。景色は変わらず、視点は変わらず、ただシャカの笑い声が聞こえるのみだ。
「君はいつも私に刃向かってばかりだな」
だからどうした。自分の中で納得のいかないことがあるのなら、異議を唱えるのが普通だろう。それを言うならシャカよ、お前こそ俺の言うことに難癖をつけてばかりだな!
「そんな君が嫌いではないよ」
何を馬鹿なことを。いいかよく聞け、俺もお前を嫌ったことは一度としてないぞ!
夢はそこまでだった。起きてみるとそこは床だった。またベッドで寝損ねた。
俺は身仕度を整えた後、夢と同じように処女宮の前に立った。入り口を凝視した。別にシャカの声は聞こえてこない。当たり前だ、あれは夢で、シャカは今珍しく任務に出ている。
「任務がそんなに退屈か」
つまらないことをするのだな。
そう呟きつつ俺は処女宮を通り抜けた。もしかしたらみんな同じ夢を見たんじゃないかと思ったからだ。答えを聞こう、お前の暇つぶしに真っ向から付き合ってやる義理は俺にはない!
夢でも諍いは続く
リアシャカでもシャカリアでもなくこのふたりの組み合わせが好きです。
何がって、暖簾に腕押し、糠に釘。色んな意味で最強なんじゃないのかと思わせられる。いつも何かがずれてて噛み合わないけどそれを楽しんだり感心したり、そういうことができるというか。友達、という言葉より友人、という言葉がしっくりくる。意味は変わらないのにどうしてだろうね。
双魚宮はやはり遠いな…と改めて思い知るのはやはり任務帰り。報告をするにしても明日回しにするにしても、恐るべき十二宮の階段地獄を上っていかなければならない。疲労の所為もあってか面倒になった私は、徐に巨蟹宮へ押し入った。
そこには点け放されたテレビと、酒と、ソファーの上で眠る蟹。
「おい邪魔するぞ」
返事がない、ただの屍の…という常套文句はしまい込み、代わりに盛大な溜め息を吐いた。昼間から飲んで寝たというのか、相変わらずだらしない男だ。
「デスマスク」
「……」
「私は疲れている。ここで少し休ませてもらうぞ」
「……ぁあ?」
ようやく返事が返ったと思えば、素行の悪さを象徴するかのような機嫌の悪い声。顔を覗いてみると夢見の悪そうな表情。私は思う。こいつを可愛いと思った瞬間など今まで一度もないが、これからであっても絶対にない。
「……うぅ…」
「なんだ、目は覚めたか」
唇が何か形作っているので耳を傾けてみた。
「?」
「…おい……」
案外はっきりした声に私は驚きつつ、その先を待ったのだが。
「……薔薇くせぇ……」
次の瞬間、私は容赦なく蟹の腹を踏みつけた。
蟹さんとお魚さん
閑話休談的な…ていうか確実に私が疲れてただけです。すみません。
※この下、まさかのラダカノ祭りです。
何か飲みたいものはと尋ねられたから、コーヒー、と短く答えた。やがて差し出された缶を受け取り蓋を開ける。隣に座った奴の手元を見ると、その手にも缶コーヒー、しかしブラックだ。
俺はブラックが飲めない。というのも昔から、コーヒーは甘いものなのだと思って飲んできたからだ。隣のこいつがブラックを選ぶのを見て、美味いのだろうかと一度だけ口にしてみたが、どうにも無理だった。
「そういえばお前、イギリス生まれだよな」
そのとき唐突にあることを思い出したので、尋ねてみる。
「ああ」
それがどうした?と、飲んでいたコーヒーをわざわざ口元から外し、俺の方に顔を向けた。こいつは何故かやたらと俺の目を見て話したがる。
「イギリス人は紅茶が好きだと聞いたが」
「そうだな」
「そうなのか?」
「勧めた紅茶を断られると、相手を野蛮人扱いする程度には好きだな」
淡々としているが内容はとんでもない。
感情が表にわかりやすく出てくるまでに時間がかかるらしいこいつは、身の毛も弥立つような恐ろしい発言も、恥ずかしいを通り越して寒気がするような告白も、全て同じような調子で口にする。
だから自然とこっちの発言も淡々としてくる。
「だが俺は、お前が好んで紅茶を飲むのを見たことがないぞ」
あの優秀にして忠実な部下が淹れてくれたものを飲むことはあっても、自分から進んで紅茶を選んだことはなかった。少なくとも俺の前では。イギリス人云々とか知るはずもなかった最初の頃は大して気にしなかったが、イギリス人は紅茶が好きだ、とデスマスクやアフロディーテあたりから偶然聞いて、少々気になり始めたのだ。
「イギリス人だからといって、皆が皆紅茶好きとは限らん。単純に、おれは紅茶よりコーヒーの方が好きだということだ」
尤もなことを言われ、確かになぁ、と誤魔化すように返しておいた。俺も多分、コーヒーの方が好きだ。確信がないのは、今すぐに紅茶の味を思い出すことができないので、比較のしようがないからだ。俺は缶の中身を一気に飲み干した。
まぁ、別にどうでもいい話なのだが。
紅茶と(缶)コーヒー
英語の長文にあった話で読んで唐突に。オチとか意味とかありません。すみません。単にラダマンに紅茶のイメージがなかっただけです。
おれは結局のところ、カノンと居るのが楽しいのだと思う。例えばカノンとおれが赤の他人で、カノンのことなどまるで知らなくて、休みを取っても連日の仕事疲れで寝ているだけ、という状況であったとしよう。それでもおれは普通に生きていけるし、生きていく上では何の問題もない。けれどもきっと、今より少し退屈なのだろう。カノンはよくおれに、なぁ楽しいか、と尋ねてくる。おれはいつも答え損ねてしまうが、おれは楽しいのだ、多分。よく舌の回るカノンと話をして、振り回されて、甘やかして。
だからおれは、カノンが外ではどんな奴で、どんなことをしていて、誰と親しいのか、そんなことはわからなくてもいいし何でもいい。おれはただカノンと居るのが楽しい、それだけである。
常なる内の独り言
基本形。
ならラダマンティスが唐突にカノンを独占したくなる瞬間っていつ来るんだろう、と少し思いました。それに関しては色々思うところができたので、また何かでかきます。
もっと飛ばせ!間に合わん!
助手席からやいのやいのと運転に文句を付けられながら、おれはアクセルを踏まずにブレーキをかける。信号が赤だ。言い訳ならすぐに見つかる。制限速度もよく見えるところにかいてある。
そんなもの、ちょっと無視したって問題あるまい。いいから、間に合わんと言っているだろう!
連絡しているんだから少しぐらい遅れても大したことないだろうに。聞くところによると、聖域では双子座の聖闘士としてそれなりにちゃんとした姿を見せようとしているらしい。だから思いがけない部分で失態を晒したくはないのだな、と推測する。そんなこと考えてる間にまた信号。
くそ、やはり走っていった方が速かったではないか。
呟きが聞こえたので、赤いランプを視界に捉えてハンドルから片手を外し、助手席でふてくされる頭をぐしゃぐしゃと撫でた。やめろ速く行け!と払われるが、おれは無表情のまま、黙ったままブレーキから足を放す。
数字にして約二十分。その道のりを渋滞の所為にしながら約三十分。たかが十分そこらの逃避行。時速なんて始めから三十キロ以上にはあげないつもりでいたことを、焦っているからか全く気付かない奴を横目に、悠々とハンドルを切っておれはこっそり笑っていた。
御利用注意
行くなとは言わないくせに行かせまいと策を弄す、みたいなラダマンがよく降臨しますうちは。
読み直して思ったのは『詐欺タクシーじゃねぇか!』でした。
車いいよなぁ車。カノンが運転したら大変なことになりそうだ。姉上情報ですが、双子座ってスピード違反をよくするんだそうです。へぇ…
雨が酷かった。カノンはそう云ってへらへら笑った。上から下までずぶ濡れで、申し訳程度に引っ掛けた上着はもう使い物にはならない。そのまま部屋に上がられたら次はカーペットが使い物にならなくなるだろう。ラダマンティスは顔をしかめる。すぐにバスタオルを引っ張り出して玄関に敷き、服を脱がせて風呂へ押し込んだ。
引き返す、だとか。そうでなくとも今日は止めるだとか、そういう発想はないのだろうか。窓を打つ雨の音が不規則に耳を刺激する。雨が降ったら面倒なことだらけだ。行くということは其処から帰るということも必ずついてくる。年を重ねるにつれてそんな風に考えるようになってしまった。後先見ない行動は、我を忘れるほどの衝動でもない限り、もう取ろうと思うことすらできないだろう。大人になるとは地に足をつけ、自分の形を確かにすることだ。守るものを知ることだ。
風呂から上がったカノンは案の定、その長い髪が乾かないと滴を垂らしてリビングへ足を踏み入れた。ラダマンティスは黙ったままソファーを立ち、ずかずかとカノンの方に歩み寄る。そのまま不思議そうな顔をするカノンの首にかかっていたタオルを掴んで引き抜き、抱え込むようにしてその乾かない髪を乱暴に拭いてやった。カノンは一瞬怯んだようだったが、特に何をするということもなくされるがままになっていた。
そんなところまでいちいち恨めしい。いつの間にか雨は小降りになったようなのに、耳を打つ音に思考を混濁させたまま、ラダマンティスは子供にするようにカノンの頭をタオルで撫でつけて、大人がするようにその開きかけた口を塞ぎ込んだ。
浸食する水滴
ラダカノと雨だけでネタが豊富にあるのが謎です。
…そういえば、うちの二人では初めてキスをしている。快挙だ。