スプーン
食事中、シャカがスプーンを握り締めてじっ、と見つめるようにしているのをアイオリアが訝しむ。
「シャカよ、さっきからお前はなにをしているのだ」
口の中にものを放り込む、一連の動作は少しも乱さず尋ねる。シャカはスプーンから顔を離した。目線と言わないのは、食事中でもシャカは目を閉じたままだからだ。
「この間、“てれび”とやらで見たのだよ」
「何を?」
「これを」
アイオリアの眼前にずい、とスプーンが突き付けられる。ものを掬う方の先端に指が触れた。そしてそのまま、音もなくスプーンが曲がっていく。
「…スプーン曲げですか」
ムウがつまらなさそうに言った。
「こんなもので凄いと喜ぶ人間達がいるとは、世も末と思わないかね」
「所謂世間一般の方達と私達を比べても仕様がないでしょう。その反応が普通です」
「小宇宙を扱えない者達は“普通”で、つかえる私達は“普通じゃない”と?」
「少なくとも、今現在は私達が少数派なのですよ。大多数に広く当てはまることを“普通”、当てはまらないことを“普通じゃない”とする。それが“一般的”でしょう」
「おかしな話だ。普通という概念は結局、大多数の大衆の力から成り立つひとつの偏見ではないか。私達の数が圧倒的多数になれば、次は私達が大多数となり少数を普通じゃないと区別する。その繰り返しの中に果たして“普通”は存在するのかという話だな」
シャカは心底楽しそうだが、ムウは不快そうに目を細めた。この話に結論はない。そして考えたところで大した訳もない。理解した上でシャカは続けようとし、ムウは止めようと促す。
その傍らでアイオリアは自身のスプーンを、先程のシャカのようにじっ、と見つめていた。
「……」
徐に、スプーンの先端に触れ、手前へと引く。
「あ」
ムウが気付いたときには遅かった。からん、と金属の高い音を響かせて、アイオリアのスプーンの先端は見事に床へと転がった。
「…しまった…」
力の加減を間違えた、とその後に続いたが、問題はそこではないだろう。堂々巡りの議論は、文字通りスプーンが折れて終了した。