部屋の隅
出ておいで、と、やさしい声が掛かることはなく。待っていて、と、呪いの言葉が今日も飛来する。誰が待つかこの野郎。俺はこの部屋の住人ではない。この部屋は、サガ、お前のものなのだ。
大事なことを忘れて退屈な実感だけを積み重ねたら、それはもう、此処に横たわる死体と同じだろう。自嘲は誰をも生かすことはなく、今日もカノンは此処で夜の訪れを睨むだけだった。誰かが手を引いてくれることなど望んでいない。ただ自分が甦るときは必ず、誰かを此処へと引き摺り落としてやりたいと願っていた。
「カノン」
来る日も来る日も朝に目覚めず、吐き気を覚えるほど傲慢な柔らかい腕に頭をとられて、カノンはぎりぎりと歯ぎしりを続ける。
「そんなところに居ないで此処までおいで。一体どうしたんだ」
駄目だ、此処は駄目だ。どこに居ても見つけられる。狭すぎる。いや、死体が眠るには広すぎるのか。その角に身を寄せながら、カノンはサガに目をくれた。
隅まで来いよ。
もともと、此処はサガの部屋だ。俺のものではない。俺のものでないなら俺にはもう必要ない。お前が与えるそのどれも、俺にはいらない、俺には関係ない、俺には。
…目を覚ました。
気づけば、左右は壁、見渡せる部屋の中。天井の明かりはついたままで、ただの居眠りだったらしい。
馬鹿みたいな夢だ。
死人は笑う。今日甦るときは、ひとりできっと、両足をあげて。