花の種
貰ったのだという。手のひらに三粒ほど、焦げ茶色く小さな何かの種を乗せながら、ミロはにやにやと笑っていた。誰から貰ったともなぜ貰ったとも言わない。しかしカミュはひとつも無表情を崩すことなくそれを見つめて、
「日当たりの良いところに植えるのだぞ」
と、それだけを告げた。
天蠍宮の裏にひっそりと埋められた種は、あの飽きっぽいミロが毎日真面目に水をやったおかげで、しばらくして美しい花を咲かせた。興奮しながらミロがカミュに報告するとカミュは、よくやった、と小さく褒めてくれた。花の色、形、香りまで必死に口で説明しきれないミロは、一度見に来い!とカミュを促したが、カミュがその誘いに乗ってくることはなかった。
程無くして、花は枯れた。
枯れた後に、カミュはミロに会いに来た。宮の裏、目立たないが日当たりの好い場所。すっかり茶こけて干からびた花は、ミロの教えたかった色も形も、香りもしていない。
「なんで、枯れるんだ」
枯れた花の傍らに座り込むミロが、ぽつりと呟いた。
「なんで、枯れたあとなんだ」
カミュは相変わらず無表情だった。もう原形もとどめない、しおれて崩れた花にそっと手を触れさせて、カミュは密やかに足下の土をかいた。
「ミロ、花は枯れなければ次に繋げることはできない。爛れたその身ばかりを見るな、遺したものを敬うんだ」
土に汚れたその手には、あの日ミロが見せつけてきた花の種が握られていた。ミロが蒔いた数よりもずっと増えたその種は、見ればその周りにもわずかに広がっていて。
ミロが与える水を、待っている。