八十円
「あ、」
ヤバい足りない。この間買い替えたとかいう革の財布を開いて、小さく一言。カノンは苦々しげにラダマンティスを振り返った。
「小銭あるか?」
こちらは随分長く使われてそろそろボロボロの、同じく革の財布。
「幾ら足りないんだ」
ほんの少し顔をしかめた。覗き込んだボロ革の財布に指を入れて、小銭の数を数え始める。
ひぃ、ふぅ、みぃ。指定された金額の、ぎりぎり。
大した金額でもないのに硬貨の数だけがやたらと多くて少し重たい。それらをカノンの右手のひらの上に乗せれば、じゃらりとやはり重たい音をたてた。悪い、と大して悪いとも思ってなさそうにそれを握って、札と共にレジに突き出す。
「次のときに返す」
決まってカノンはこう言うのだ。いや、それ以外に言いようなど確かにないのだが。そう言ってまともに覚えていたためしもないくせに、毎度毎度。
端な数枚の小銭に執着する気はさらさらない。渡すと決めた時点で戻らないと考えるのが普通だ。ラダマンティスが僅かに喉の奥を震わせるのは、何てことない、そのカノンの一言にある。
「…ちゃんと返せよ」
馬鹿馬鹿しいとは思うが、そうやって約束にもならないような話を積み上げることが、ひとつの手段なのだと隔てた時間が教えてくれる。