手紙
そうだ、文字にしよう。声が届けられないのなら紙に認めよう。思い立ってミロは汚い部屋の中をひっくり返した。思えば昔はカミュもよく送ってきてくれていたものだ。最近は女神のおかげで聖域も近代化が進み、パーソナルなんちゃらやら携帯やら便利なものもたくさんあるのもあって何となく絶えてしまっていたが。
それでも、引き出してきたまっさらな便箋はどこか特別をもたらしてくれる気がする。カミュはやたらと達筆な字で、二枚も三枚も近況を綴ってはミロに送った。あまりにも長くて途中を読み飛ばしそうになりながらも、ゆっくり全ての文字に目を通し、よし俺もとミロも手紙と向き合うのだが、いろいろ返事に悩み結局は『ちゃんと帰って来いよ』と結んで送り返した。
特別楽しいことなどなくて、ただ普通に生活をしているだけでも、ああカミュに伝えなければ、と謎の衝動に駆られることはままある。だのにいざ紙に向き合ってみるとミロの頭は空っぽになるのだ。うまい言葉が見当たらないというより、伝えたいことなど何一つないかのような。
否、そんなはずはない。そんなはずはないのだが。きっと伝えたいことが多すぎて溢れ出てしまったのだ。もう一度集めようと手をかき回しても、また新しいものが上からどんどん注ぎ足されてしまう。カミュから貰った二枚も三枚にもなる便箋は勿論、ミロに特別をもたらしてくれる大切なものだが、それに比べてミロの送るこの便箋は実に頼りなかった。
頼りないが、やはり引き出して向かい合ってしまう。
たった数秒間の衝動でも、伝えたいのだ。嘘ではない。本当は声で、その耳に届けられたらそれに越したことはないけれど、無理ならひねり出すしかないのだろう。ミロはこの上なく真剣な面持ちでペンを握り締めた。