鐘
遠くから響く重たい音だけがよく耳に届く。
世界は静かで、生き物の気配すら感じられないように思われた。朝を告げる鳥の鳴き声がしない。木々を揺さぶる風も吹いていないようで、窓からはただ真っ直ぐ太陽の光が床を照らすだけだ。自分がそこに本当に存在しているのかさえ疑いたくなるほど、世界は澄み渡っていた。
目線が変われば世界は変わる。
目線というのは、決してこの自分の尺度だけを表しているのではない。場所、状況、時、あらゆるものがあらゆる目線であって、それがどれかひとつでも変われば、見えるものは変わるのだ。当然のこと。
「何が見えるのだ?」
皆に目覚めを促す重たい鐘の音だけがそこには響いている。狭い世界を見下ろすアイオロスは些か満足そうな表情を浮かべて、サガを振り返った。
「なに、毎日同じだよ」
毎日同じなのに、毎日そうやって満足げに眺めるのか。
変哲ない一日の始まりを連れてくる鐘の音は、正しくサガにとってはアイオロスである。それは美しく残酷な色をしている。アイオロスには見えない、サガにしか見えない。
どの目線が違うのだろう。幾ら変えてもあの目に映るものは、サガには見えないらしいのだ。逆に、どう説明を入れてもアイオロスにこの景色は映らない。それが尤もなことで、しかし同時に寂しいようでもあって、だからこそ大切なことであるようで。
ひどく、もどかしい。