櫛
ミロはうとうとしていた。瞼が意思とは逆に下りようとしてくる。それを何とか退けようと両手で目を無理矢理擦ったり指で押し広げたりするのだが、どうにも負けそうだった。…それは半分仕方がない。なんと云っても退屈だったのだ。
今、ミロの背側にはカミュが櫛を持ったまま真剣な顔をして座っている。その櫛をゆっくりミロのくせ毛の中に入れていき、引っかかるまで下に下ろしていく。
さっきからもうこれを何遍も繰り返しているのだが、未だミロの髪は大人しく櫛を通してはくれないのである。
ミロの髪は長い上に絡まりやすい。アフロディーテほどではないが細めで柔らかい髪質で、纏めないで寝転がりなどしたら大変なことになる。わかっているのだが、基本的に生活態度のだらしないミロは髪の手入れとか面倒くさくてやってられないのか、朝起きた瞬間の悲惨な状況には大抵頭から水を被ることで対処していた。なんていったってどんなに頑張っても櫛が通らないのだから、だんだん諦めも生まれてくるというものだ。
そんなミロの困った髪に、カミュは少しずつ丁寧に丁寧に櫛をいれていた。途中で櫛が止まれば、一旦手前に引き抜き綺麗に通るまでゆっくりといていく。絡まって毛の塊ができているところを見つけても、よくやるようにそこだけ引きちぎったりすることはなく、櫛の先を使って絡まりを解こうとする。
行っているカミュの目は非常に真剣だ。いや、いつだってカミュは真剣だ。だからミロは『そんなことしなくていいぞ』と言えずに、退屈な時間を過ごしている。
堪えきれない欠伸が出て、ミロはほんの少し首を後ろに傾けた。大きく口を開けて目を擦る。
と、その瞬間、
「動くな!!」
カミュの鋭い声が響き渡った。ミロはそれはもう大変に驚いて、思わず身を硬くさせる。すると再び、何事もなかったようにカミュはミロの髪に櫛をいれ始めた。
「……」
ミロは後ろのカミュを振り返ろうとして、思いとどまった。びっくりして一瞬戸惑ってしまったが、カミュは確かに『動くな』と云ったのだ。
「……」
振り返らずとも、その表情は真剣なものなのだろうと安易に想像がつく。ミロの髪の毛ごときに何を真剣になっているのか、カミュの行動はいつもよくわからなくて困る。
退屈な静寂が戻ってくる。ミロは必死に小さな欠伸をかみ殺しながら、カミュからの許可が下りるのを大人しく待っていた。