街路樹
ギリシャは暑い。夏になると気温がどうのと云うより日差しが厳しい。正午の表通りは熱したフライパンの上だ、焼き肉になってしまう。そういってシベリアから帰らず、また珍しく帰ってきても宮にこもって決して外へ出ようとしないカミュを、さてどうしたものかとミロは考えた。
暑さはかなわないが、太陽は好きだ。今も自分達の遥か頭上からなにものも無視をして我よと輝くソイツを、ミロは大層気に入っていた。だからあったかいヤツの下をカミュと一緒に歩きたいのだが、カミュは頑なだ。何というか、無駄なまでに意志が強い。一度こうと言い出したら何を言っても聞かないのだから、今だってミロの頼みなど聞き入れはしないだろう。
どうしたものかなぁと宝瓶宮の柱に寄りかかったミロは、ん?と突然あることに気付いた。広がる建物と柱の影である。
これだ!
目を輝かせてミロは宮の中へ飛び込んできた。暑さを緩和するため周囲に凍気を撒き散らしていたカミュは、訝しむ視線をミロに向けて、真っ先に
「外には出ないぞ!」
と宣言した。そんなことはわかっている。
「カミュ、影だ。影踏みをしよう。影踏みしながら買い物にいこう」
ミロは些か興奮気味にそういってカミュの手をとった。名案だろうといいたげな曇りない目がカミュを見る。
「何を言うミロ、そんな可愛いことをいって私を動かそうとしたって無駄だぞ!」
「違うカミュ、影だ。街路樹の下なら夏も涼しいんだ。涼しいのに太陽も感じられて一石二鳥だぞ、さぁカミュ!」
滑るように十二宮を駆け下りて、あっと言う間に街に来た。それでも走るのを止めないミロに、カミュはもう汗だくだ。
目まぐるしく変化する景色、前向けば目に映るミロの背、俯けば走る街路樹の影。頭上の枝につく葉は驚くほど緑で、隙間から見える空はくっきりとした青色だ。雲の白、地面の茶色に建物の灰色、思えば夏とはこんなにも色鮮やかな時期だったのかとカミュは少し呆気に取られた。暑さを憎みながらも改めて見るこの光景。
「カミュ!」
ミロの足がゆっくり止まる。くるりと振り返って引っ張っていた手を離し、ミロは笑顔で両腕を広げた。
…ああ、なるほど街路樹の影。太陽の光が木漏れ日として広がるその世界に、ミロの金色の髪は酷くきらきらに輝いて、カミュは素直に感動した。涙まで流した。今までなんともったいない夏を過ごしていたのだろう。
「ミロ…!」
勿論カミュにはミロに飛び付かない選択肢はなく、同じように両腕を広げて、精一杯きらきらのミロを抱き締めた。