玄関
基本的に、部屋の中というのは好かない。狭いし、360度壁だし、外よりも圧倒的に暗いし。閉所恐怖症だとかそういうわけじゃないが、自由に外と中を出入りできるのにわざわざ部屋にこもっていたくないのだ。窓があるならまだいい。扉の多いリビングもまだマシだ。
実は、カノンが一番嫌いなのは玄関だった。
…何故待っているのだろう。
外界と中を繋ぐ重たい扉を見つめながら思わずその場に座り込んだ。すぐ戻ると言って出て行ったラダマンティスは、もう30分ほどになるというのに帰ってくる気配がない。
退屈だった。どうせまた何か面倒事があったのだろう、冥界に通うようになってからこのような場面は何度もあった。暫くは殺風景な部屋を勝手に漁ることで時間を潰していたのだが、それもいい加減飽きてくる。何せ、逆に文句が云いたくなるぐらい無駄のない部屋なのだ。
惰眠を貪る気にもなれず、いつの間にか不機嫌な様相でカノンは玄関に来ていた。部屋よりも圧倒的に光量の少ないそこは、案の定薄暗く奇妙な閉鎖感がある。
…何故待っているのだろう。
部屋の中でじっとしているというのは拷問に近い。嫌いだ。慣れていると言えどもそれはやはりどうしようもなく嫌いなのだ。何だったら今すぐにでもあの重たい扉を開けて外に飛び出そう。此処は冥界だから眩しい太陽の光は届かないが、それでもこの中より幾らかマシに違いない。
だがカノンはどっかり玄関に座り込んで、そのままそこから微動だにしなかった。
例えば此処が聖域なら、もししくは海界なら。何の躊躇いもなく立ち上がり扉を開けるだろう。聖域には思い出すのも煩わしい記憶がある。開けられるのを待っていたって仕方ないのだ。反対に海界は、13年もある程度自由に暮らせば、遠慮が余所に追いやられる。
そのどちらでもない此処で待つことには、何の意味があるのだろうか?
不意に、目の前の重たい扉が開けられた。
覗く金髪と金眼がこちらを見て一瞬呆ける。その様があまりに情けなくて、カノンは吹き出した。
「…どうした、なぜ部屋で待たない」
「別に、何処で待とうが俺の勝手だろう」
「そこは心臓に悪い…」
苦々しく眉を顰めたラダマンティスに、カノンはいつものようにけらけら笑ってやった。先程までの機嫌の悪さはあっという間に吹き飛んでいる。
…要するに、期待しているのだ、とカノンは思う。このラダマンティスという男に。
兄であるサガに対して、既にカノンは何も望んではいない。サガには望んでも無駄なのだということは嫌と言うほど理解していた。逆に奴には自分の方が沿うべきなのだ。アテナにはもう充分なものを貰っている、ミロもそうだ、聖域の他の人間に関しても。海界の面々は付き合いの長さか歳の差か、貰えるものより与えるものの方が多い。
それらを比べたところでどうもしないのだが。
ただ今こうやって玄関の扉が開けられる瞬間を、期待しながら待てるということ。それだけはとんでもない喜びである気がしていた。そう、此処には何も無い、積み上げるものだけがある。