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俺はよく師匠と買い出しに町へ出かけた。普段は人なんて来ない山の中腹あたりに隠れ住みながら修行をしていたが、流石に自給自足とまではいかず、週に一度か二度は町まで下りた。
師匠は社会勉強だなんていって俺を連れ出したけど、俺が社会に必要以上に関わることは許さなかった。イタリアと言えばマフィアの世界だ。俺たちが買い出しを行う町は治安もよくなかった。安い食物が並ぶ脇で、略奪や恐喝を見たことは何度もあった。
「俺たちは、正義の闘士ではないんですか」
まともな教育を受けた経験があるのもあって、俺は理由もなくこういう行為を許せなかった。弱者を惨めにも思ったし強者を恨めしくも思った。聖闘士になるための修行をこなしていくにつれて、目の前を過ぎていくその『悪行』にもどかしくなった。でも師匠はそんな俺の幼い正義感を一蹴した。
「ああいうのはな、ちゃんと取り締まる奴らが居るんだ。そういうのに任せりゃいいんだよ」
「でもそういう人たちがちゃんとしてないから、あんなことが起きているんじゃないですか」
「だがそれは俺たちが関与する理由にはならねぇ」
「力があるのにそれを奮わないのは、卑怯です」
まだ修行をはじめて日も浅い俺の相手をするのは、面倒なことだったに違いない。だけど師匠は何も適当にはしないで俺に答えてくれた。
「いいか盟。確かに俺たちには力がある。それも途方もない力だ。だからこそ、俺たちの力は使うべき場面を選ばなきゃならねぇ」
「選ぶ?」
「そう。聖闘士は地上を守る女神の戦士であって、兵士であっちゃならねぇわけだ。そもそもな、俺たちがこの世界の人間同士のごたごたにいちいち首を突っ込んでみろ。冥界軍とやり合う前にこっちが疲弊するっての」
尤もな話だった。俺の目指す聖闘士とは、あくまで女神アテナのもとに世界の脅威と戦うのが目的だ。略奪や、広く戦争や、いがみ合いと不平ばかりを繰り返すだけの生き物でも、そんな人が生きて人の生活を営むための空間を保つのが目的なのだ。勿論、頭で理解はしていたが、俺も子供だった。でも師匠の言葉を受けて打つ手なく黙り込んだ。
「正義感を持つのが悪いとは言わねぇけどな」
俺にはそう説くが師匠は、女神に肯定的な人間でもなかった。勿論聖闘士、それも最強の黄金位を戴く戦士なのだから、女神に対してまったく忠誠心がなかったわけではないのだけども、未だ姿形も見ることのできない女神に懐疑的だった。そんな師匠がそのとき明確に忠誠を見せていたのが、聖域に居る教皇だった。それでも師匠の懐疑的な態度が大きく変わったわけではないし、教皇を試すような言動をたびたび取って、咎められているところを見たことは何度もあった。
「もしどうしても耐えられんって言うなら、聖闘士になるのをやめて政治家でも何でもなればいい。そういうこった」
その頃の俺は、言い返せる言葉もなく、かといって素直に頷けもせず、師匠の前でうつむくばかりだったが。今ならふと思うのだ。あの話で師匠が俺に伝えたかったのは、聖闘士としての職分や意識よりも、戦士に正義が必ずしも必要ではないということだったのではないだろうか。
自らが拳を振るう時と場所を見定めること。その尺度に正義を引き出してくる必要はないということだったのではないだろうか。
そして同時にまた、思うのだ。師匠は何を尺度にして消えたのだろうと。社会勉強だと町へ下りていく割に社会を遠巻きでしか相手にせず。聖闘士の本分は女神の名の下に戦を勝ち抜くことだと言いながら、当時あのギリシャの頂には女神が存在しなかったことを知っていた。事実上女神を追放した偽者の教皇に手を貸しながらも、ついぞ彼には追従しなかった。
選ぶ道の先はどこに続いているのだろう。
それは愚問だ。俺に道の選択権を示し続けた師匠は、その最期すらも俺の出す答えへのヒントにしてしまった。そうだ、行き着く先なんてひとつしかない。使命とか宿命とか気取った言葉で表す必要もない。だって生まれたときから決まっていることなのだから。
目を閉じずとも思い出せる、師匠と町を歩いた幼き日の自分に、今でもときどき声を掛けたりする。なぁ俺、確かに小悪党どもは蔓延ったままだが。
俺が本当に怒りを持って、ぶつけなきゃならないものは此処にあったから、安心してくれよ。
グロリアス
ギガマキのラストすげーすきなんですが