その名の示すように、美しいものだねぇ魚座の候補生。女に間違われるから、馬鹿にされるからと髪をこまめに切っていたのに、もう止めたのかい?
ああ、あれか。君も指導を受けているという、あの双子座様に気に入られるためか。双子座様は君のその柔らかい髪を大層褒めていらっしゃったね。
彼の方は素晴らしい御仁だ。まだ14程になったばかりだろうに人柄も能力も申し分ない。誰もが云うよ、『神のようなお方だ』と。真面目で勤勉で、加えて生まれ持った小宇宙は他の誰の追随も許さぬと言うじゃないか。ああ、あの方と私達とでは生きている世界が違いすぎる。
双子座様に取り入れば、魚座の位も容易いだろうさ。君のような美しいもの、彼の方でなくとも放ってはおくまい。私も欲しかったものだよ、生まれ持った才能とやらをね。
死んだな、とすぐにシュラは思った。下卑た笑い声をたてる三人の男のひとりが、次の台詞を読み上げる前に腹に蹴りがヒットする。そいつは泡を噴いて倒れた。左隣の奴が、ひぃっ、と悲鳴をあげる。間髪いれずに右隣の奴の顔面が歪んで飛んだ。シュラはそれを顔色ひとつ変えずに見ていた。
蹴りを入れた張本人であるアフロディーテは、容赦なく最後のひとりの首を押さえて地面に倒す。ぎりぎりと力を込めながらも締め上げることはせず、静かに告げた。
「……双子座様が、なんだって?」
もう一度いってみろ、と脅迫じみた声色で言う。喉をほとんど塞がれている男は全く返事ができそうになかった。
「そうやって日陰で、日向に立つものを妬むだけの屑は、能天気でいいな。辛い思いをしなくて済むものなあ?『全ては生まれてきたときに決まっていたことのせい』。さぞお前は楽だったろう。羨ましい限りだ」
アフロディーテの瞳孔が開いている。これはまずい、多分本気で殺す気だろう。ここらで止めるか、とシュラが動く前にアフロディーテの肩を掴んだ奴がいた。
「はいーそこまでー」
その声にアフロディーテは渋々首から手を離す。まだびくびくと震えている男の首にはしっかりと絞め痕が残っていた。可哀想に、自業自得だ。
「馬鹿にされてキレたい気持ちはわかるが、それでその『双子座様』に迷惑はかけるなよ?」
なぁ?と同意を求められた。それはそうだ。シュラは小さく頷き、アフロディーテを見た。
「お前も、妬むんだったら『双子座様』ぐらい努力してみればいいんじゃねぇの?まぁあれは半分病気だと俺は思うがね。せめて『魚座の候補生』程度はよ、やってみれば『双子座様』のお墨付きが貰えるかもしれないぜ」
止めに入ったくせに、へらへら笑って転がる男の足を軽く蹴飛ばした。やめておけ、後が面倒だ。と、一応形だけでも止めておく。自分も大して変わらんな、とシュラは自嘲した。
「さぁ力の無い屑は置いといて飯にしようぜ。折角待ってやってたってのに、余計なことで時間潰しやがって」
「ふん、待っておけと言った覚えはないな。私は先に湯浴みをしたかったのに」
「また食いっぱぐれるぞアフロディーテ」
「そういうお前も、どうせ残って訓練する気だったんだろうが」
「なんだぁ?お前ら飯食わないで昼からどう乗り切る気だったんだよ」
「…気合いで」
「無理無理」
シュラは一度だけ振り返った。後に残した三つの体を。昨日も一昨日も転がした人の体を。
これからもこうして、三人でいるのだろうか。こうして、日向に出ようとするのだろうか。必死になって、汗にまみれて。『双子座様』のように。
先の事はわからないが、今までがそうなら気付けるまでずっとそうだろう。構わないかとシュラは放棄した。そしてきっと、あとの二人も放棄した。
前に向き直り、シュラは二人の背を追い掛けた。その先は、足元までよく見える、強い強い光の下である。
光のアイロニー
例えば『カルマ』でいうような日溜まりの喩えは、いつだって存在しているんだろうなと。強い光に焦がれて向かった後ろに伸びる影。言わずもがな、その筆頭はサガですがね