正午に為りきる前のあたたかい時間がすきだった。血の滲むような、訓練と言うには甚だ重量ある時間が過ぎて、ようやく息を吐けるその一刻。












「いい天気なんだ」

汗だくの体を引きずって建物に入ってしまった男にわざとらしく告げる。近くに転がっていた水汲み用のバケツを拾い上げて、お前もおいでよ、と、出来る限り優しい声色で手招いた。男は黙ったままこちらを睨み付ける。元々あまりよくない目つきがさらに悪化した。
「暑いからいやだっつの」
「不健康だな」

色素の薄いからだは日の光を拒むのか?

頭によぎったそれは、声に出しきる前に飲み込んだ。彼にしてはよくやった方だった。いつも感情が赴くままに言葉を滑りおとしてしまうのだから。おんなみたい、と言われるのを死ぬほど嫌う自分が、からかいの意を込めてそれを口にするのは不誠実だ。

男は訓練による疲労よりも、ずっと機嫌を損ねているように見えた。



「いい天気なのに」

年下の後輩たちがじゃれついてその辺を転げ回っている。物心ついて久しい年代にしては随分とひどい鍛錬を強制しているにも関わらず、彼らは常に明るい。文句を散らしながら必死についてくる。自分がはじめて此処に連れてこられたときは、もっとこの場を疎んだものだが。個々人をつくるのは何も環境だけではないらしい。
「へ、がきどもは何も考えちゃいねーからな」
「お前もがきだろう」
「少なくとも、お前よりは冷静なつもりだぜ、俺は」

男はこちらも見ずにけらけら笑う。首を傾げた。彼が意図したところがわからなかった。暑さで体力を奪われることを指摘しているのであれば、今の言葉は不自然だ。

「何がそんなに気に入らない」
脱水症状を起こしたらしい、ひ弱な訓練生の頭から数人の子供たちが水を被せていた。塩の入った飲み水をわざわざ作って運んでいるのは、そいつの教官だろうか。傍らで無邪気に休憩を喜ぶものたちを余所に、そこだけは淡々とした空気が流れている。

手にしたバケツを左手にぶら下げて、男に向けて差し出した。はやく、と促しても男は動こうとする気配を見せない。苛立って無理矢理、彼の左腕を引っ張りあげた。









日の当たる眩しい休憩場所から、より一層大きな笑い声が響いた。あと十分もしないうちに次の訓練が始まる、それを乗りきりたいというように、或いは、それを忘れたいというように。











「日陰に居るから、卑屈なことばかり考えるんだ」
こっちにでておいでよ、小さな子供に言い聞かすような口調だったのもいけなかった。弾かれたように掴んだ腕を振られて手が離れた。ぱしっ、と、乾いていたが派手な音がした。しかし騒がしい周囲ではそれを聞き取ったものは少なく、数人が顔をあげてこちらを見ただけだ。


男は日陰に立ち尽くしたまま、自分たちの足元を見ていた。その視線につられて目線を下にさげてみる。自分の居た場所は僅かに日向へはみ出していた。少し足をずらしてみる。眩しい陽の光に照らされて、浮かび上がっていたのは、自分の色濃い影だけだった。









陽のあたる場所



バンプの太陽って曲にありましたよね、影しか見えない、っていう。あれ聞くたんびにサガを思い出します