久しぶりにいい天気だから外へ行こうと、誘ったのは気まぐれだとかそんなんじゃない。予想通り、訝しげ且つ面倒くさげに俺を見たカノンは、何で、とぶつぶつ文句を言いながらもその重い腰をあげた。俺はにやりと笑う。
外といってもそんなに遠出をするわけではなく、大抵近くの人里までおりるのみ。しかし今日は、珍しく緑に覆われた小高い丘を目指した。ハイキングというやつだ、とふざけていえば、気が知れんと首を横に振られたが笑って無視をする。カノンはゆっくり後ろから付いてくる。殆ど獣道に近い木々の隙間を縫い歩いた。
カノンは出不精な奴だと、そう見る輩の目利きは信じない。そんなに長い付き合いをしているわけでは決してないが、それこそ俺は、カミュや、他の聖闘士たちの方が長い付き合いで、わかっていることも遥かにそっちの方が多いのだが。それでも聖戦が終結した後のこの期間で、察する部分はいろいろあった。素っ気ない態度が大半だが、この男は存外に寂しがり屋だ。だから、構ってやっている。
やたらと俺がカノンに突っかかることを訝しんだデスマスクに尋ねられてそう答えると、「そりゃお前が構われたいからそう思うだけじゃないのか」なんて失礼なことを返されたが、別にいいだろう、本当の理由なんて。
俺は退屈が嫌いだから、直ぐに足を伸ばすし羽をつくる。でも俺はそんなに冒険心が強いわけでも好奇心が旺盛なわけでもない、と、かなり前にシャカに言われた。言われてみればそうかもしれない。休む間もなく動き続けるのを苦にはしないが、目的なくうろうろするのは苦手だ。俺は冒険に出たいわけじゃあない。ふと思い出して振り返ったとき、見えるのはあの神聖なる十二宮の姿で、理想とするのは聖衣を纏った俺が、天蠍宮に居る姿なのだ。
「こんな景色なら、十二宮の上からでも見えるんじゃないのか」
丘のてっぺんまで来て、やはり文句を吐かれた。だがまともには取り合ってなんかやらない。はじめこそいちいち張り合って言い争いをしていたが、段々わかってきた。
「十二宮からじゃあ岩山しか見えん。ここなら、アテネの街まで綺麗に見えるだろう」
「…街を見てどうするんだ」
「アフロディーテが教えてくれた、おすすめの場所だぞ」
いい天気だ。風が気持ちよかった。丘の上だからいっそう強く吹き付ける。長い髪がなびくのを鬱陶しそうに抑えながら、カノンは視線を泳がせていた。
カノンは外に出たがっている。部屋の中で惰眠を貪りながら、瞼の裏で広い世界を見ている。空想の範疇ではなく、もっと具体的で現実的な世界だ。その中で理想を描いている。それに気付いたのは最近だ。俺も少しは落ち着いてものを考えるようになったんだ、とアフロディーテに言えば、それは違うと即答された。
「お前の視界に見えてるものが変わったんだよ」
「おいカノン」
「なんだ」
「邪魔ならきっちまえよ」
自分の髪を指で摘まんでにやりと笑いかけてやった。カノンはますます眉間に皺を寄せる。しかし、お決まりの文句や悪態はなく、そうだな、切るか、と。何とも淡白なひとりごとを返された。
「そうだそうだ、きっちまえ」
俺がカノンにうるさく付きまとっているのを、迷惑なんじゃないかと諌めたのはシュラだった。なんとなくその場に居たからつっこんできただけだったのだろうが、それは別に気にしなくてもいいだろうと、自信満々に返事をした。嫌なら嫌と言えばいいんだ。はっきり言われれば流石の俺も少しは傷付くが、要するにカノンは俺を嫌がってはいない。寧ろあいつは俺のことが好きなのだ。シュラは困ったような目を俺に向けていた。
自惚れなどではない。ちゃんとわかる。だから俺も好意でこたえてやるのだ。しっかりと瞼の裏に描いた世界まで、網膜に映せるように。
「髪きったら、」
「あ?」
「ちょっと寂しいな。せっかくそこまで伸びたのに」
「…お前がきれといったんだろうが」
「ああ、別にきるのは自由だ。短くても似合いそうだしな、羨ましい限りだぞ」
「…なんだそれは。お前だってきってもたいしたことはなさそうじゃないか」
「俺はきらない」
丘の上は日差しが厳しかった。もう少しで正午の時間帯なのも手伝ったか、眩しさにカノンが目を細めている。その様に俺は声をあげずに笑う。
待っているのだと、俺はサガに言った。俺がカノンを引っ張り出してるなんて、それこそ自惚れだ。俺はただ待っているに過ぎない。そうだ、俺だって待つことぐらいできるのだ。カノンが俺を裏切ることは絶対にない。ないと言い切ろう。あいつは俺が好きなんだから。
「俺がきってしまったら、俺とわからんかもしれんからな」
「そんなガタイでそんな髪の色でそんなしゃべり方をする奴がふたりといてたまるか」
街の上空を過ぎる飛行機が見えた。次はあれに乗るのも悪くない。理想の世界が見付かるといい。
風吹く丘
さいきんこういうところに落ち着いてきたカノミロ。ずっとかきたかったんだがしばらく文章からはなれすぎてかきしぶってたのでリハビリがてらに。
うちのミロとラダは結局カノン相手に同じようなものを見ている気がします。