扉を開けたら。いつもカノンが待っていた。遅いか早いかそれだけの感想を述べて、おかえりと素っ気なく一言口にするだけのために。近付く小宇宙を感じ取っては扉の向こうに立っていたのだ。日に日に反抗的な態度をとるカノンを持て余し続けていた自分も、カノンがそう言えば、ああ、ただいまと、微笑まずには居られなかった。



肉親である分だけ、憎しみも愛情も深いのだろう。血の繋がりだけは何処までも絶対なのだから。ましてや双子である自分達、姿形も声もその何もかもが、それを証明するものとして存在する自分達ならば。

だからたとえどれだけカノンが愚か者で役立たずでも。狭い視界でしか物事を捉えられず、自身の狭量な範囲でしか発言ができずとも。自分はカノンを愛し続けるのだろうと思っていた。どれだけ手を払い除けられ続けても、自分はカノンのたったひとりの肉親なのだと、己に言い聞かせ続けるのだろうと。



カノンが、この向こうで待っていてくれている限りは。




















もう自分を迎えてくれるものはいない。子供の反抗を繰り返すあの可哀想な弟が、忌々しそうな目でおかえりと言う日はきっともう二度と来ない。

いつかそういう日が来るのだということを、意識はしていた、その愛情を手離すのは自分で、手離してほしいのはカノンで、そのどれもが何時かは肉親を切り分けていくのだと。それでも自分とカノンは兄弟で、双子だということに変わりはなくとも、その事実だけを背負って歩いていくことが、自分たちにはどうしてもできなかったのだろう。







冷たい仮面の下の顔をなぞる。誰よりも知っているとなどと豪語するつもりはないのだ。私の弟。カノン以上に愛するものをきっと自分は作らない。こうして自らの手で、永久の闇へと深く深く葬っても、まだどこか燻ったままの小さな灯火が。罪悪感すら焼き捨てて虚しい愛情ばかりを思い起こさせる。
要らないものは捨ててきた。完全なるものがその瞳に映るなら、それを目指さないわけにはいかないのだと、囁く自分が此処に居る。だけどその時振り返って、待っているものを持つことは、その位置を、その正しさを。知ることの。



ああ、カノンはもう居ない。カノン以上に愛するものを自分は作らない。待っていてくれる人はたったひとりの肉親が良い。他の誰が待っていても、自分は疑うのだ、だってそれは絶対じゃない。カノンが告げるおかえりという一言よりもずっと、心が詰まっていたとしても。















待っていてくれるものが居ないなら、もう戻る必要も振り返る必要もないだろう。後ろに血だまりができても。焼け野が原ができても。

今なら昔よりずっと、善にも悪にも為れるだろう。









血の抱擁



なんかな…うちはロスサガなんですが、しかもサガからのベクトルの方が強いロスサガなんですが。サガがロス兄に寄り添うことを自分に許すのは凄く難しい気がします。…いや話の中にロス兄は出てこないんですけどね。