今日も異常なまでに静かな法廷にひとり、扉が開かれ入ってきた亡者どもをひとり、裁くことを繰り返す。本来ならばこの役目は、冥界における実力者の三人のうち、自分の直属上司であるミーノスが担当するのだが。
適材適所があるでしょう。そう笑う声にはどう聞いても消せないからかいの念がこもっていた。しかしルネは何も言わない。ただ頭を下げるだけ。
自分が真面目な人間だと言うことはない。従順でもない。ましてやお人好しなどと。地の底に墜ちる前から、この暗い喜びをルネは知っていた。少しも鼓膜を揺るがさないままに完結する世界。生きた色が一滴たりとも存在しない空間。
恐縮した雑兵が必要最低限の言葉だけを告げて亡者を法廷の中へ通していく。その一連に目もくれず瞼を降ろしたまま、億劫そうにもなくルネは壇上に立っていた。間もなく裁判は始まるのだが、別段気を張ることなど何もない。正しいことは常に正しい、少なくとも、今この文脈の中にあるときは。
己が己として目を覚ましたときにミーノスが語った小さな物語を、ルネは未だにおぼえている。日の光もなく豊潤な大地も飢えた死の国で、冥王に選ばれたあなたが何を見つけるか、見物だと。ほくそ笑んだ彼の美しい目を未だにルネはおぼえている。その日から自分は冥王の駒で、彼の部下だった。
その事に疑問を抱く瞬間はもう二度と訪れないだろう。ルネは確信していた。例え自分が元はただの人間であることを忘れ、まるで道具のように扱い倒れたとしても。恐らく疑問は湧かないであろう。この冥界で、冥王の下に於いて、僕たる自分にとって、この全ては真実に他ならない。この世界は公正で、誰にとっても優しくはない。
「ええそれでも、いつかは終わるのでしょうね。例えば、アテナが倒れたときなどに」
ミーノスは自分に向けてよく喋った。ルネは大して相槌も打たず、仕事の片手間に耳を傾けるのみだった。会話の内容は何故か見事鼓膜に張り付いていて、復唱だってできた。誰にも言ったことはないが。
「その時は、このくだらない状況に怒りくらいは感じるのでしょうかね?或いは疑念か、困惑か」
ない、それは絶対にない。返事などしないが胸中ではきっぱりそう言い切った。それとも何だ、貴方は抱くとでも?
ルネは、ミーノスの美しい目を知っている。
この地の底に落ちて、訳もわからなかったルネを訳知り顔で迎えた彼の人の、諦めにも似ない暗い底を見た。そのよく通る声も、静寂にも勝る美しさも、よく知っている。それ以外には一斉と背を向けて。
疑問を持たず、文句を言わず、よく働きよく全うする。だから彼は従順だ、とは言わないだろう。そう、自分は従順なのではない。この暗い喜びに身を預けているだけなのだ。
完全なる静寂の最中に始まる裁判を前に、ルネはすぅっ、と目を細める。
朝も昼も夜もない世界で見出だしたものなら、落ちたその瞬間に。間違いなくこの網膜に、この鼓膜に刻み付けたから。
楽園追放
某方のルネミが素敵で、すっかりルネミにはまってしまいました。てか今まで兆候はあったといえど何故はまらなかったのかと頭抱えるほどです。