死の世界であるはずの冥界に、爆音が轟いた。同時に煙があたりを渦巻く。暗い地面は強く抉れ、そこに『何か』がばたばたと舞い落ちた。人の形をしていたり、既に人の形はしていなかったり。















煙が晴れたその中心には、冥衣の羽根を翳したミーノスが立っていた。地に伏したまま動かない『何か』を一瞥して、無感動にため息を吐く。それらは既に地上では実体を持たない亡者どもであった。不気味なうめき声をあげている。

ミーノスは糸で相手を意のままに動かす技を得意としていたが、こんな数ばかりの亡者相手に手を煩わせたくなどない。グリフォンの名に相応しく、一陣大きな風を巻き起こし辺り一帯を吹き飛ばした。




今日は誰の手違いか。亡者どもが一斉に暴れだすなど。

冥界での一番スタンダードな仕事と言えば、地上より追いやられた亡者たちの罪を裁き獄へ繋ぐことだが、口でさらりと言うほどには簡単なことではない。冥衣によって冥王から力を授けられた冥闘士でなければ、絶え間無く送り込まれてくる亡者を押さえ付けておくことは不可能だ。否、冥闘士であってすら時に不可能な場合もある位だ。生半可にしては身をも滅ぼす。

だのに誰かが管理を怠った。でなければ、こんなにも多くの亡者が定められた獄を離れて暴れているなど有り得ない。全くはた迷惑な話である。






ふと視線を飛ばすと、少し離れたところにも大量の亡者が地に伏していた。更に耳障りな声が響き、ミーノスの目の前にもうひとつ、それが落ちてくる。
「アイアコス」
空から勢いよく地面に着地したのは、ミーノスの呼びかけ通りアイアコスだった。冥衣の羽根をはためかせ、彼はミーノスを視界に捉えると口端をあげてにやりと笑う。
「こっちは片付いたぞ。お前の出る幕じゃあなかったな」
「手間が省けて何よりです」
アイアコスは足下にあった亡者の頭部を蹴りつけた。悲鳴とも呼べない不気味な声があがる。それを聞いてミーノスは大げさに肩を竦めてみせた。
「そういうことをすると、またラダマンティスが煩いですよ」
この場には居ない同僚のことを引っ張り出してくる。まだ暴れ足りないのだということは直ぐにわかった。元来大人しい生き物でも何でもないアイアコスは、この管理ミスも寧ろ力を振るえるひとつの機会とぐらいにしか捉えてはいない。彼にとって繰り返す冥界の仕事など退屈なのだ。冥界が正常に機能し、何より統率のとれた軍隊のような管理を望むあの同僚とはまた訳が違う。

私情を挟むな、とはそれの言い分で。

「何で俺があいつの言うことなんざ聞かねばならんのだ」

以前も確か似たような返答をして、彼の目の前で自分の部下を投げ飛ばしたのだっただろうか。俺についても来れんような奴など要らん、と言い切って。





「まぁ、それもそうですね」
ついてこれないからと全て切り捨てようなどと実践するほど、自分は要領の悪い人間ではないので。
かといってラダマンティスのように、部下達から異様に慕われるのも、それこそ煩わしいから御免被りたいところだし。
「好きにすれば良いのではないですか?」
そうしていつも適当な返事を返すから、自分もあの男に苦い表情を向けられるようになるのだが。アイアコスは横目で少しミーノスを見てあっけらかんと笑った。そうだ、それがいい!





遠くで止まない爆音と、亡者の呻く声がする。

「あちらもそろそろ片付きますかね」
「なんだ、もう終わりか。つまらんなぁ」
子供のように口を尖らせたアイアコスは、そのまま足下の亡者たちにも興味を無くしてずんずんと歩き出した。再び退屈な静寂が来る。存外それを厭わしく思うのは彼だけでもないのだと、あがる煙を見上げて目を細めた。








冥府の番人



まともにこのふたりを書いたことがない気がしたので書いてみた