※13年前のスニオン岬で、サガがカノンを牢に入れる様ってすげえ…こええ…というところから生まれた文章です。































女神に命を捧げる闘士としての誇り。その中でも最たる黄金の聖衣を纏うものとしての責務。またそれらを統べ、女神の君臨する聖域を維持するその立場。それら全てのものと共に、この小さな重みも背負っていくと決めたのに。

何かを選ぶということは何かを捨てることなのだとは、誰が言ったのであっただろうか。それは確かに正しいのだ。我々の両腕を見下ろして、それを広げて抱えられるものを考えれば疑いを抱く余地などなくて。だから今自分がこの背中の重力を落としに向かうことも、決して間違いではない。そう、間違いではないのだと耳を塞いだ。






















波の打ち寄せる音がする。

それは不自然に海面から突き出した岩を徐々に穿ち、飲み込んでいく。静かな浸食を傍らに、サガは、岬の下の古びた牢の前に立った。しんとしているのに騒がしいくらい身に迫り来る、何者かの小宇宙で満ちたその場所は、たった今、膝まで埋まるほどに水がせりあがってきていた。満潮には息もできないに違いない。それを想像して背筋が震えた。


意識をなくして全体重をかけてくる背中の人間は、サガがこの世で唯一無二と呼べるたったひとりの肉親だった。生まれたその瞬間から共に在るべき半身だった。しかし同時に自分とは違うひとり人間であるということも、サガは知っていた。

それを、今からこの波に預ける。

底の見えない闇が広がっていても、サガには恐れなどなかった。彼が目を覚ましたとき、一体どんな反応をするのかを、ただただ冷静に思い描くだけだった。この澄みきった意識はきっと侮蔑なのだ、このいとおしい重みへの、最期の嘲り。





するりと、背中の重力を水の中へ落とした。一度沈んでまた浮かび上がったその顔は、自分と寸分違わないというのにどこか幼くて、酷く憎らしかった。痛みも悲しみも知らない物知らずの顔だ。だから平気で悪態もつけて、労りなどついぞわからない。

だから、わたしは間違ってなどいない。

もう此処までくるとそれは一種の呪文だった。この優しい波に抱かれ永遠に沈めば彼にもわかる。自分は正しい。否、正しくあるために、自分は捨てなければならないのだ。浅はかな思慮しかできない半身を。自分がいなければ何もできない半身を。慈悲と愛情を持って、そのてのひらで。





牢の格子は下りた。彼は、まだ低い位置を保っている水面に浮かび続けている。広がる長い髪が打ち寄せる波と共に揺らめいていた。

この重みも背負っていくと決めたのに、此処まできて放り出すのか。その非難の声にはもう耳なんて貸さない。重すぎる背中では歩けないだろう。あれがもう、たったひとりの人間であるというのなら、自分には関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。関係など、あったところでもうどうだっていい。自分は正しい。女神を、教皇を敬い、正義の闘士として身を捧げることそれこそ、自分の、自分の、自分の、自分の。





…、……。





満ちゆく水の前に無力な人間ひとりを晒して、自分は待っている。この重みから解放される瞬間を。軽くなった身体さえあれば、そう、もっとわたしに相応しいものをわたしは持ち得れるのだ。浅はかなひとりの人間ではなくて、もっと深く、深く、深く、深く、わたしを守るものが。此処に。



彼はまだ、水面に浮かんでいる。穏やかに瞼を下ろして浮かんでいる。わたしはそれを見下ろしながら、彼が目を覚ます瞬間を穏やかに待っている。









波打つ正義感



仲良くさせていただいております「東より出でよ!」の真彦さんがてぶろで描いていらした絵から触発されてできた代物です。
サガがカノンをスニオンに入れる過程は原作では描かれていないわけですが、よく考えたらこれ…すげえこええ…と思って怖いサガにときめいてしまったというわけで;;
でもわたしの文章力ではうまく表現しきれませんでした…うぐううう!