妙な悲鳴が聞こえた。その品の無さに顔をしかめる。訓練場よりも少し離れたところからそれは上がったらしい。
「アルデバラン?」
岩陰で困ったように座り込んでいた大きな体に、ムウは思わず意外そうな顔をした。大きな腕が震える見知らぬ男を押さえている。
「ああ、ムウ良かった」
「どうしたのです」
「いや、侵入者を見つけたのでな。捕まえたはいいんだが…」
押さえつけられ恐怖に打ちひしがれている男は、見るからに一般人だった。結界の張られている聖域の領域内にどうやって入り込んだのかはわからないが、その様子からすると何も知らないのだろう。哀れな醜態を晒していた。ムウはやはり顔をしかめる。
「偶然やってきてしまったのかもしれませんが、場所を知られたからには容赦できませんよ」
冷たく言い放った。アルデバランに、と言うよりかは、その男に。
敢えて口にはしなかったが、要は始末するのだ。正義の聖闘士が聞いて呆れるかもしれないが、聖闘士が守るのはあくまでこの世界、そして普通の人間が太刀打ちできないような神々の干渉から守るのであるし、こんな間抜けな侵入者にまでかけてやる情など、少なくともムウにはなかった。
だがアルデバランはやはり困ったようにするだけだ。声も出せないほどにがたがた身を震わせている男を見て、
「すまないムウ、始末は勘弁してやれないか」
と、はっきり口にした。
「中を深く覗いてもいないんだ。許してやりたい」
「そんなこと…」
自分に言われても困る。聖域の決定権がムウにあるわけではないのだ。こんなところで侵入者を逃したと、しかも黄金聖闘士が。何と咎められるか。
しかしこの隣宮の主の優しさを、認めてやりたいとも思う。
「…そのまま押さえていてください。サガを呼びましょう」
アルデバランがはにかんだ。すまない、頼むという声を後に、ムウは小宇宙を飛ばす。サガが許すかどうかはわからないが、今は聖戦前でもない、特別気を張る事項もないことだし。
「すぐに来てくれますよ」
振り返って伝えると、すまなさそうにアルデバランは頭を掻いた。
「何だか話を大きくしてしまったようだな」
「…別に、こんなこと。いつもの馬鹿騒ぎに比べればなんてことありませんよ」
「自分でも情けない話だと思うが、俺にはこんなやり方しかできんのだ。すまん、ムウ」
「…構いませんよ」
ただ手を下すだけでいいというのに。それを選べないと胸を張って言える彼の優しさを、選べない自分が尊ぶのだろう。何にも縛られないように生きたかに見えて、見えない何かで縛り付けられているのは自分の方なのだ。
羨みはしない。蔑みはもとよりない。もしものときは手を下せる自分が居て、彼が居て、それでいいのだ。どちらも選べる人間がいたところで矛盾がうまれるだけなのだし、少なくとも此処にひとりではないのだから。
彼に感謝なさい、と、その震える男に心中だけで吐き捨てた。
やさしきをもて
唐突にアルデバランがかきたくなった。アルデバラン関係も幾つかネタがあるんですが…牛さんすき