また右足の骨が折れた。もうクセになってるんじゃないかと思うが、折れたものは仕方がない。聖闘士だとかいっても所詮は人間で、幾ら自分の怪我の治りが驚異的に早いと言ったって、折れた骨が一週間かそこらで元に戻るわけはない。



骨が折れたら歩けなくなる。折れた部分から激痛が走る。当然のことなのだが、何だか妙に、悔しい気分だった。





















「折れているのなら、わざわざ冥界まで行く必要などないだろうが!」

杖をついて、面倒くさそうに十二宮の階段を下りているとミロにそんなことを言われた。確かに幾ら約束云々があるとはいえ移動が不自由なのだし、電話の一本でもいれて断っておけばいい話だろう。ミロにしては至極尤もなことを言う、とカノンはぼんやり聞いていた。
「あんな眉毛のところに行かんでも、暇なら俺が相手してやる!」
「いや、別にお前に相手してもらうほど暇はしてないが」
「なら行く必要などないはずだ!」

しかしもう行くと決めたら中途にするのも何か癪だ。今から戻るのとこのまま下るのと、どちらも労力はさほど変わりないように思われる。あとは、進行方向に立ち塞がるこれをどうにかするだけ。

これが待ち構えていた要因のひとつは間違い無くサガだろう。一枚噛んでるどころか首謀者に違いない。ミロはサガに大層懐いているので、サガが優しく頼めば大抵の言うことは容易く聞いてしまうだろうし、自分が外出しないように見張ってくれなんて馬鹿な頼み、サガがミロ以外にできるはずもない。いやまず、するということ自体がおかしいのだが。



だがまぁ、サガも毎度毎度人選ミスをしていると思う。





「…」
「……」
「………」
「……」
「………ミロ」
「…な、なんだ」
「……あっちむいて、」





ほい。





















「…と、まぁそんな感じで此処まで辿り着いたわけだ」
「……そうか」
「なんだ、何の突っ込みもなしか。相変わらずつまらん奴だな」
「いや…どこから突っ込んだらいいのかわからん…」
ラダマンティスは深々と溜め息を吐いた。カノンは器用に片足でひょこひょこ歩き、何の遠慮もなくソファーを占拠した。…いや、足が不自由なのだから遠慮しろとは言わないが。
「…ていうかまた折ったのか」
右足。
「ああ」
「今度はどうした」
「着地が悪くてな」
とんでもなく適当な返事だ。そもそも答えになっていない。しかしだからといってラダマンティスが深く突っ込んで聞くような話でもないため、もやもやしながらもそこから先の追及はしなかった。
「一言連絡すれば迎えにいってやったものを」
「要らんぞそんなもの。ひとりで歩ける」
「松葉杖頼みのくせに偉そうに言うな」
「なら、無しで歩いてやろう」
「どうやって」

宣言通り、カノンは床に杖を転がした。向かいの椅子に腰掛けるラダマンティスに意地悪い笑みを送って、折れていない方の足だけで立ち上がってみせる。




気合いと小宇宙で。




右足が床に着地する前に、ラダマンティスはカノンの腹を押してソファーへと戻した。

「…負けず嫌いも程々にしておけ」

どうせまた物凄い早さで骨なんてくっつけてしまうのだとしても。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないなど、言ってもカノンが聞くはずもないのだが。
笑みを浮かべたまま、折れた方の足を太股から持ち上げぶら下げる。歩けないのだ、痛みが走る。
「悔しいだろう、なんか」
そんなこと別に誰に理解して欲しいわけでもない。使えなければ切って捨てたって構わないのだ、代わりに何かをくっつければいいのだし。…と、それは冗談だが、ただ寄っ掛かって情けない思いをするのが嫌なのだというだけで、ややこしい意地を張り通していた。








片足歩き




つまり大人気ないカノンさん。