※ひどい話です。注意
















きっとあんたは綺麗に生まれてきたんだろうと、皮肉を込めて決めつけていた。遠目から見ても面と向かって話してみても、非の打ち所のない完璧な姿。誰もが神と呼び慕うそれは、きっと優しい声に導かれて、生まれてきたのだろうと。



















「だから初めて見たときは、ぜってぇー好きになれねぇなと思っていましたよ。薄汚れた売春婦の腹から落ちた俺なんかとはね、人種が違うんだろうと」

机に散らばる書類を手早くかき集め、世間話をするように軽く舌を滑らせた。それを静かに聞いていた男は、闇を匂わせる真黒の髪を揺らし、喉を震わせてくつくつ笑う。そして、平素の彼であれば決してしない全てに優越したような笑みを浮かべて、書類を隅に片付ける男を侮蔑した。

一体その笑い方、どこで学んできたんですか。口にはしない。彼を暴くような真似はしてはならない。それはここ数年間での暗黙の了解だ。なんだかんだで命は惜しい。


「とんだ幻想だ」
「違うんで?」
「残念だが、私も醜い女の腹をかっ裂いて産まれてきた。産声をあげたときにはもう瞳孔が開いていたらしいからな、顔は知らぬが」
「へぇ、あんたも同類でしたか」
「だがなデスマスクよ。よく考えてもみろ。我ら人間のうちで綺麗に生まれてこられるものなど存在するのか?誰もが男の精液を注がれた女の腹から、みっともなく臍の尾を垂らして血液に塗れて、無知なままに姿を現すではないか」

そのどこに美しさがあると、男は幾らか忌々しそうに乾いた笑いを響かせた。肩を竦めて返事をする。
平素の彼ならば、そんな言葉は口にすまい。命の誕生の素晴らしさを、優しい笑みと諭すような声で語るに違いない。


ああでもそう、この男はあのどうしようもなく潔癖な“彼”と、実のところは何ら変わりないのだ。ただその言い方を少し代えただけだろう。残酷なまでに美しい、ひとつの命の塊が、母親のからだを内側から押し広げて自由になる瞬間を。




…いや、“ひとつ”だったのだろうか?




「人は皆、生まれ落ちたそのときから汚れている。…いや違うな、生まれることが決まったときから、人は汚れることが決まっているのだ。お前が見たというその私は、自分が特別だと信じていたいお前の幻想に他ならん」

神のようだと言われていた癖に、自分は落ちた人間と変わらないと。しかし神に成り代わろうとする男が言う。今ひとつ一貫性のないような感覚に支配された。

「汚れていることは何も特別ではあるまい。そんな端な優越感は捨て去るのだな。生まれてきた女の腹を気にするなど、無駄もいいところだ。せいぜい後ろから撃ち落とされぬよう励むがいい」
「はぁ」











そうですか、と適当な相槌を打って早々と部屋を後にした。

どうも、反抗しなくては生きていけない性質らしい。流石にもう人種が違うと皮肉ることはしないが、あんたも彼も同じ人間なら、どう頑張ってもあんたが彼に無いものを手に入れるなんてことは、できないんじゃないですか。廊下を歩きながら考えてみる。俺にも売春婦の腹の中に置き忘れたものがあるように、あんたにだってあるはずだろう。



多分あんたは綺麗なんだよ、彼と同じで。口にはしなかったが笑い声はかすかに響いた。一体どこで拾い食いなんてしたんだか。端な優越感、それをそっくりそのままあんたと彼に送りたい。









忘れ物




単に黒サ蟹がかきたかっただけです。
黒サガについては色々思うところがあるので、また何かでかけたらいいな