面倒だ、と一言でいってしまうのは少々乱暴であるような気がするが、実際そういうことなのだろう。大仰に溜め息を吐くカノンが次に発する台詞の予想は容易についてしまった。
「一体なんなんだ、あいつは」
あいつというのは、先程何やら怒って喚いてどこかへ立ち去っていった、蠍座のミロのこと。
今日は私用でも何でもなく、会合があったのでラダマンティスは聖域に赴いていた。勿論、役に立たない同僚二人と有能な部下達も来ている。
カノンとは単に休憩中に話をしていただけだ。しかも仕事の話で、午後からの会合に関する結構重要な話を。だのに突然現れたミロは、何やらわけのわからないことを言いながらラダマンティスに突っかかってきたのである。蠍座がカノンに懐いていて自分があまり良く思われていないことは知っていたので、理不尽に突っかかられても特に驚いたりはしなかったが、酷く事務的に、空気をよめ、と心中呟いた。
明らかにしかめ面をしたラダマンティスを見てカノンが直ぐに間に入ってミロを宥めようとしたが、それがミロの噛みつき先をカノンにかえてしまったらしい。次はカノンに向かってあれやこれやと文句を言い出した。しかしカノンは冷静だった。如何にもいつものことと云うようにミロを退け、結果ミロは一際大きな声でカノンに向かって一言叫び、そのまま踵を返して何処かへ去っていったのだった。
「…大事にされているのではないか?」
嵐のような一連の流れを思い出しながら、ラダマンティスはそう口にしてみた。単純に相手をしてくれる奴がいなくなるのが寂しいだけなのだろう、と推測はしているが、情をかけられているということに変わりはない。
「この歳にもなって大事になんてされてたまるか」
そういうのを極端なポジティブシンキングというのだと文句で返される。
「そもそも一番初めに絡まれたのは貴様だろう」
「それはそうだが…」
「もっと迷惑に思ってくれて構わんぞ。なんなら一発いれてやったっていい、俺が許す」
「いや、それは遠慮しておく」
人にそう言う癖に、カノンは一度もミロを殴ったことなどないのだろう。それぐらいはすぐに分かるつもりでいる。ラダマンティスがミロに強く出ないのではない。カノンがミロを囲うから、それに合わせているだけなのだ。だから、例えばミロが突っかかってくる原因にカノンが関係なかったとしたら、ラダマンティスは彼に対してもっと冷淡な態度を取っていたに違いない。あれが小さな子供のように、遊び相手を取られることを嫌がって敵意を向けてきているのだと理解すれば、役に立たない同僚たちの無為で悪質な悪戯より数千倍もかわいらしく思えるものである。
「情が煩わしいか」
「…何だ突然」
「良いことだろう」
「どこが」
大事にしてやればいい、とまでは、流石に口にはしないでおこうと思った。客観視しているから無責任にそう言えるだけだ。面倒だ、と一言で片付けてしまうのは些か乱暴かもしれないが、確かに情なんてものは自分が向けているにしろ向けられているにしろ、煩わしくむずかしく気恥ずかしいものだろう。しかしただ、カノンはそれと真正面から対峙できる免疫を持ち合わせていないだけで、それ自体に是非はない。
「……とりあえず、弁解に行った方が良いのではないのか」
「…放っておくと面倒だしな」
首の後ろを掻いて面倒くさそうな顔をするカノンに少し笑いながら。
最後に、何と叫んで歩き去ったんだったかあれは。数分前のことであるのに相変わらずな自分の記憶力に溜め息が出る。そして相変わらず、ここまで思考を広げておきながら、実のところ大して興味など沸いていない自分の“らしさ”に首を捻っていた。
鋭角二等辺三角形
この辺の歪な三角関係(?)も大好きです。残念ながらうちのラダマンティスは嫉妬とか可愛いことはしない奴なので、…てかミロを歯牙にもかけてないだけか。カノンの弟みたいに認識していそうだ。