気まぐれを起こした。
思いがけず朝早く目が覚めてしまったから予定より一時間も早く双児宮を出た。
かといって予定より一時間も早く冥界に突っ込むわけにもいかず、暫く街の大通りを彷徨いた。





















今日は何だか気分がいい。すれ違うスーツの男達は陰鬱な表情を隠そうともせずに早足で通りを上がったり下がったりしているが、それを心中でふざけたものに変換できるぐらいにカノンは機嫌がよかった。機嫌がよすぎてらしくないことまで考えはじめたらしい。食欲をそそる芳しいにおいに誘われて迷い込んだ路地で、そうだ手土産でも持っていってやろうと明るく思い付く。できればうんと美味い奴がいい。ひとつ食ったらふたつめも欲しくなるような。

カノン自身も最近知ったばかりなのだが、自分は案外人に何か施しをするのが好きな性質であるらしい。いや、何時のときも人というのは自分から能動的に行う事項に名伏しがたい快楽を感じるものなのだろう。それを自覚するのは難しいことにも関わらず。



さて何を手土産にしようか。通りを宛てなくぶらつくカノンを楽しませるのは、例えば何かを焼いた煙だとか、遠くまでよく届く強いにおいだったが、そんな中でカノンが足を止めたのは女子の好きそうな菓子の並ぶ店の前だった。

「試食いたしますか?」
眺めていたら、店員であろう女性が控えめに隣から声をかけてきた。見るからに180越えの良い歳した男に、ショーケースの中で色味も鮮やかに並ぶ可愛らしい菓子を勧めてくるとは、流石プロとは恐ろしい。普段のカノンならばそう考えて是非とも遠慮したのだろうが、生憎今日は機嫌が良かった。
「何でもいい、あんたのお薦めとか何かないか」
飛びきり美味い奴がいいのだ、と付け加えてカノンは少し笑んでみせた。途端、慌てふためき始めた店員は素早く頷き、店の中へ急いで駆け込んでいく。やがて幾つかの菓子を乗せた小さな皿にフォークを添えて、お待たせしましたとカノンの前に差し出した。何を勘違いしたのかはわからないが気の毒なぐらい急いでくれたお陰で、大してお待たせしましたでもない。やはりプロとは恐ろしいなとカノンは皿の上の菓子に手を伸ばした。フォークを使うのは面倒だった。
「うん、美味い」
ひとつ、ひとつと丁寧に食べ進めていき、カノンは少し考えるように宙を眺めた後、店員に三番目のやつをと一言伝える。まだ異常に恐縮したままの店員はまたも急いで中へ入っていき、物凄い速さで袋に箱を突っ込んだ。
「ありがとうございました」
力んで若干声が上擦っている。そんなに緊張するような要素がどこかにあっただろうか。機嫌の良いカノンは首を捻りながら、茹で蛸のように真っ赤な顔の店員にどうもとだけ告げて、ようやく足を本来の目的地へと向けた。

































迎えたラダマンティスはやたらと上機嫌なカノンに訝しげな顔をする。カノンは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「なんだ失礼な奴だなあ、そんなにおかしいか」
「そういうわけじゃあないが…」
「来てやったんだからもっと嬉しそうな顔しやがれ、この野郎」

ラダマンティスの胸に菓子の袋を押し付けてにやにやと笑っている姿は何とも形容しがたい。何かを企んでいるのではないかという邪推と同時に、その妙な機嫌の良さを喜ばしいことだと思う気持ちも湧き上がる。…と、ラダマンティスは考える。

そんな心中など知らず、カノンは押し付けた袋を無理矢理両手で持たせ、自分で中の菓子箱を取り出した。
「土産だ、土産」
何のきまぐれだ、と言いかける。
「思ったより早く目が覚めたんでな」
話が繋がっていないことにすら気付いていないのだろうか。それとも普段から少々説明不足な面があるのが問題なのだろうか。
カノンが箱の蓋を取っ払うと、整列した一口大のケーキのようなものが目に飛び込んできた。その中から特に意味も無く左端のひとつを掴み、食え、と言わんばかりにラダマンティスの口に押し付ける。渋々ラダマンティスは口を開いてそれをかじった。

「……っ!」
途端、ラダマンティスは激しく表情を歪め口元を手のひらで覆い隠す。

「…あまっ…!!」
「そうか?」

カノンは不思議そうに首を傾げて、ラダマンティスのかじったケーキをそのまま自分の口に放り込んだ。

「美味い」
「有り得ん」
「そういえば甘いものは苦手だとか言っていたか」
「何度も言っていた。…いや、それを差し引いても相当な甘さだぞ。食えたもんじゃない」
「それは俺への嫌味か」

言ってるうちにカノンは二個目を摘んでいた。そのまま口に運ばれる一連の流れをラダマンティスは信じられないというような目で見る。ほんの半分ぐらいをかじっただけなのに酷い甘さがまだ口の中に残るのだ。

「これぐらい甘くないと味がわからなくないか」
「…お前だけだ」


水を求めて立ち上がったラダマンティスの険しい表情を見てもカノンはまだやたらと上機嫌なままだった。なら部下にでも分けてやれと箱の蓋を閉じて机の上にどん、と置く。既に二つも欠けた土産を部下に与えろと平気で口にする神経は逆に尊敬に値するなと思いながらも、ラダマンティスは溜め息を吐いた。


だから訝しんだのだ。カノンの機嫌がいいと大抵ロクなことがない。当のカノンはそんな気など全くなく、単純にきまぐれで施しを与えてやろうと尊大に思っていただけなのだが。機嫌の良さは崩さぬまま、溜め息を吐いたラダマンティスに残念そうに笑っていた。









糖分過剰




甘いのが駄目なラダマンティス+甘すぎないと甘さに気付かないカノン=うちのラダカノ
…とかいう話でした。気分的にはカノラダでした。なので表記はラダカノラダ。