物々しい空気が嫌いなのだろう、真剣な話をしだすとカノンはいつもふざけた声色になって、急に子供っぽく振る舞ったりラダマンティスを年下扱いしたりすることがあった。お前は本当に真面目な奴だな、というのが既に其処から逃げを打つための決まり文句となっている。ラダマンティスはそれが非常に気に食わなかった。

内容はその時々で違ったが、真剣な話を途中で茶化し、そのまま流されてしまうのに腹が立った。だから誤魔化すな、と重たい口調で睨み上げるのだが、カノンは口が達者だ。いつもあれやこれやとまくし立てて丸め込んで黙らせてしまう。引き換えラダマンティスは、駆け引きに弱かった。








「…それで?それで、お前は構わんのか」
ここ暫く、ラダマンティスはカノンに会う度にある話を持ちかけていた。それは随分前にカノンが取り繕って流した話である。
「…だからその話は止めだと言っただろうが」
「おれは承諾していない」

三週ほど前だったか、身の上話はしないと決めていたというのにカノンは、うっかり苦い聖域時代の話をラダマンティス相手に洩らしてしまっていた。単純に、ラダマンティスの誕生日が今月末だということで誕生日の話をしていた時だ。




十二になる誕生日、初めはサガをちゃんと祝ってやろうと思っていたカノンだったが、すれ違う人という人皆に祝福されるサガの姿にすっかりその気が失せてしまった。渡そうと用意していたもの(何を渡そうとしていたかは覚えていない)をゴミの中に埋めて駆け出して、カノンはその日思い付きで家出を図ったのだ。

案外容易く聖域を抜け、一日二日街を歩き回った。物珍しいものを色々目にしてそれなりに楽しんだが、結局腹が減って聖域に戻ってきた。過ぎた誕生日に聖域はいつもの静かに緊迫した空気を取り戻していて、サガは入れ違いで任務に赴きその姿は既になかった。


その二日でわかったことは、逃げようと思えばいつでも此処から逃げられることと、けれども一文無しの身では腹が減ってどうしようもないことと、どちらにしろ周囲には何の影響も与えないということだった。その十二の誕生日からカノンはサガにおめでとうを云わないようになり、もとよりサガは生まれてこの方一度もカノンにおめでとうを言ったことはなかった。


前にアイオリアの誕生日にミロが盛大なパーティーを催したとき、カノンはひとり驚いていた。
「祝福をあげるのは知っていたがな、まさかあそこまでどんちゃん騒ぎをするとは想像もしていなかったのだ。驚いたおかげで楽しみ損ねてしまって、もったいのないことをした。
だがあんな風に騒げるなら、他人の誕生日を祝うのも悪くないな。むしろ少々楽しみですらある。お前の誕生日もそんな風に部下達が騒がしくしてくれるのか?」
「勿論祝いの席は設けてくれるが…そこまで馬鹿騒ぎはせん」
「へぇ、そりゃ残念だ」
「…それよりも、今までお前は誕生日を祝ったことがなかったのか?」
尋ねられたから、まぁそうだな、と事も無げに答えてやった。そして前述した十二の誕生日の話を掻い摘んで、軽い気持ちで話したのだ。その苦い話を別に事細かに語ったわけではない。しかしそれが引き金になってしまったらしい。ラダマンティスは至極真剣に、カノンの発言にどうしたものかと悩んだのだ。






「そもそも何で貴様が俺の誕生日なんぞ気にする必要がある」
「お前の誕生日なんぞこれっぽっちも気にしていない。おれはお前の物の捉え方を気にしているんだ」
「そんなもの、もっと気にすることじゃない。正直言うがどうでもいい」
「おれはちっともどうでもよくない」
「…貴様何故こんなときばかり強情なのだ。普段の冷静ぶりはどうした」

始まった、とラダマンティスは心中身構えた。三週前から続く何度目かのやりとりだが、今日は絶対に逃すまい。ラダマンティスは無意識に右拳を握り締めた。

「カノン、おれにも人並みの感情は存在する。何を見聞きしても常に客観的に居られるわけではない」
「だから何だ。俺が生まれた日を捻くれて捉えているのがそんなに気に食わんのか。くだらんな、冥界三巨頭ともあろう奴が」
「それとこれは全く関係がないだろう。カノン、いいから話を聞け」
「ならば貴様はクソ真面目な若造だ。何を其処まで他人のことを気にしている」
「カノン、」
「言っておくがラダマンティス、俺は過去にあったことへの感情などとうに無くした。俺自身がこうも問題にしないことについて、貴様がどうこう云う権利はない」


ラダマンティスが押し黙った。しめたとばかりにカノンがまくし立てる。
「貴様には部下がいるからな、同じように他人の言動が気になったり問題にするのはわかっているつもりだ。俺の物の捉え方が自己卑下にしか思えんのだろう?余計なお世話だと云いたいところだがな。貴様は真面目すぎるのだ。この話もただ不味い酒のつまみのようなものだと思えばいい。つまらん話をしたことは謝ろう、だが思い入れる必要はない。こんなものに珍しい主観性など入れ込むな」


其処まで言い切って、機嫌悪そうに寄せられていた眉間の皺をゆるりと引かせたカノンは、いつものように意地悪い笑みをラダマンティスに向けた。その瞬間、ラダマンティスは急激に苛立ちを募らせた。
「いいからこの話は…ぐおあぁぁっ!?」
ラダマンティスは半ば突進する形でカノンを抱き締めた。胸を圧迫する予期せぬ一撃をまともに喰らって、カノンは噎せると同時に混乱のあまり暴れた。が、ラダマンティスの腕はまるでこのまま心中するかの如く離れなかった。
「おい!」
腕を外そうと躍起になるカノンを、宥めるようにラダマンティスは髪を撫でる。カノンが身を強ばらせたのが直ぐにわかった。
「話をきけといっただろう。おれは別に、お前の自己卑下を非難しているわけではない。お前がそうやって自分の話をくだらないことだと投げ捨てるのが気に食わんだけだ」
「…どう違う」
「どんな不味い話でも誤魔化さずに話せばいい。逆にこちらからも訊こう、何がそんなに気に食わん」



カノンは答えなかった。答えなかったが、代わりにラダマンティスの背に手を回して弱く抱き返した。ラダマンティスは頬を緩めた。



「来年はちゃんとサガを祝ってやるといい」
「…その前に貴様の誕生日がもう目の前だろうが…ていうかお前暑苦しいぞ。熱でもあるのか」
「平熱だが」
「嘘をつけ」
「体温が高いのは生まれつきだ」

そろそろ離れろと云わんばかりにカノンはぐいぐいと胸を押すが、ラダマンティスは一向に離れる気配を見せず、むしろ力が強くなってくる。思わず、ぐぇっ、と潰れたような声が出て、ようやく腕の力が緩まった。




そういえばサガにもミロにもよく抱きつかれるが、何なのだろうとカノンはふと考えた。抱きつきやすいのだろうか、と目の前のラダマンティスに尋ねれば知らんと一蹴された。そう言った癖に、腕の力を緩めはしても自分から離れる気はさらさらないらしい。複雑な気分で溜め息を吐いた。




間近に迫った誕生日には何か贈っておいてやろうと思う。カノンは、素直な感情に弱かった。









片側エンブレイス



勝手にラダマンティスの誕生日に絡まってしまった謎の話。ラダマンティスが、カノンをぎゅーってする図がすきです。色気とかなしに。ぎゅーってするだけ。

バンプの所為か知りませんが、エンブレイス、という単語はお気に入りです。そういうのが幾つかあって、適当に題名にしたりします。