「許さん、許さんぞカノン!!」
教皇宮からサガの怒号が響き渡った。見回りの雑兵たちがビクッと肩を震わせる。恐る恐る宮の奥、執務室へと視線を送ると同時に、何かが壊れる音がした。
「あ…危ないぞサガ!もう少しで俺の足に直撃するところだったではないか!」
「うるさい!話を逸らすな!」
執務室の足下に転がる割れたカップ。散らばる書類。驚きと恐怖で固まる神官たち。その全てに構うことなくサガは、目の前の同じ顔に向かって怒りをぶつけていた。
「折角の休みだというのに…お前はこの兄の今生の願いよりあの冥闘士との約束をとるというのか!!」
それはもう凄い剣幕でサガは言い放ち、わなわな震えるその両手は今にも頭の上でクロスされて銀河の星々をも砕きそうだったが、その怒りの内容に周囲の空気は一気に和みムードになる。
「だから前々から約束してたといっとろうが!悪いがサガ、その日本の温泉旅行とやらは他をあたってくれ!」
「断る!」
「何故だ!」
「私はお前と行きたいと思っていたのだ!」
そう、サガはもう幾日も前からいそいそと自分の予定を確認、変更し、あまつさえカノンのスケジュールまで勝手に覗き見して完璧な計画を立てていたのだ。これでカノンから『その二日間はラダマンティスと出歩く約束をしている』などと断られたら。サガの心中は言うまでもないだろう。
何を言っても駄目だとしかいわないサガにいらいらしてきたカノンとは対照的に、当のサガは震えながらとうとうギャラクシアンの構えを取り、何とか滝涙が出そうになるのを抑えている。
「そもそもあの冥闘士が気に入らん!カノン、お前は血迷っている。あんな奴のどこがいいのだ!あんなのただの眉毛ではないか!」
「人の友人捕まえて眉毛とは失礼な!血迷っているのはお前だサガ!それにラダマンティスは良い奴だぞ!」
「だから何だ!私は認めん!」
その永遠に堂々巡りしそうな兄弟喧嘩を、デスマスクは頬杖ついてぼんやり眺めていた。
サガはサガなりに、無二の弟と仲良くしたいらしいのだが、どうやらちょっと過敏になっているらしい。同い年の癖にお兄ちゃん意識がまだ根強いサガは、カノンが冥界に入り浸っているのが純粋に心配なのだ。更にサガは三界公認で超がつくほどの冥闘士嫌いである。まぁカノンの友人(疑問)であるラダマンティスに関しては『そもそもあの眉毛が気に入らん』らしいのだが。
そんな犬も食わないどころか、小宇宙の威圧感で足も竦む兄弟喧嘩に、堂々と割り込んだ猛者がいた。アイオロスだ。流石同年代、いや、ただの怖いもの知らずである。
「サガ、今回は仕方無い。伝えるのが遅れたサガにも非はあるさ」
わざとらしさ満載の優しい声でアイオロスがサガの肩を軽く叩いた。間髪入れずにその手をサガは叩き落とす。『痛っ!』と小さな声が聞こえたがすぐにアイオロスは満面の笑みをサガに向けた。
「その温泉旅行とやらは俺が一緒にいこう。ずっと楽しみにしていたんだろう?」
「おいアイオロス仕事」
「スケジュールぐらい今から修正が効くさ。大丈夫、大丈夫だからサガ。なんてったって俺達は親友だからな」
いかにも自然な流れと言わんばかりの爽やかさでアイオロスは宣言した。容姿の端麗さなんぞ捨てて、呪いの言葉を吐くような低い声を出したアフロディーテにも完全スルーの構えだ。そんなことだろう、と察していたデスマスクの想像通り、それを聞いたサガは盛大に顔をしかめて抗議のために口を開こうとした。
が、それよりも速く、
「こ…この半裸人馬!!お前がサガと温泉旅行など俺が許さん!」
と、完全に敵意剥き出しのカノンが食いついてきた。驚きでアイオロスもサガも一瞬、目を丸くする。これはデスマスクにとっても意外だった。
「何故だカノン!このチケットはペアチケットだから二名様限定だし、サガはこれをアテナより承ってから行くのをずっと楽しみにしていたんだぞ!」
「温泉旅行、ペアチケットということは貴様サガとふたり一つ屋根の下ではないか!サガに手出ししてみろ、二度と復活できんように冥府の底に叩き落としてくれる!」
「なっ…!誤解だカノン!そんなふしだらな真似など俺はせん!だってサガとはまだ手を繋いだこともないんだぞ!?」
デスマスクは深い溜め息を吐いた。兄弟喧嘩の次は…何の喧嘩だ、これは。サガは『カノン…!そんなに私のことを思って…!』とかいって、結局堪えていた滝涙を流してるし。
あとカノン、サガが大事なのはわかるがアイオロスが手出しとか、有り得ないことにさっさと気付いた方がいい。あれはまだ子どもの作り方も知らない、二十七歳青春真っ只中なのだ。そんな言葉が頭の中を何度も往復したが、これ結局どうやったら解決するのかと目処も立たないうちに首を突っ込むのは得策ではない。我が身可愛さにデスマスクは、ぎゃいぎゃい煩い部屋の中でひとり大きな欠伸を零した。
兄さんと俺+α
ラダカノを認めないサガとロスサガを認めないカノンはとっても可愛いと思います。
ギャグがかきたかったのですが…撃沈