晴れた日が好きだ。外に出たい。けれども今は無理だ。サガに寝てろと言われた。自業自得だから何とも思わない。素直に聞き入れたら気味悪がられた。
カノンは風邪を引いていた。聖闘士というものは人よりかなり体が丈夫なものだから、普通にしていれば風邪とは無縁である。その例に漏れず、カノンもこの二十八年間風邪とはほとんど縁が無かった。勿論小さい頃はよく寝込んでいた気もするが、そんな時期に体験した感覚など覚えているわけがない。
久しぶりに引いた。久しぶりにしんどかった。聖闘士は風邪を引かないものだが、今のこれには理由がきちんとある。不摂生ではない。が、不備ではあった。だからサガも今回はあまり強く言ってこなかった。
寝台の上にだるい体を放り出しながら、暇だと惰眠を貪っていると、ミロがやってきた。見舞いに来たらしい。風邪なんて情けない!入ってくるなりそう言って馬鹿にした。突っかかってくるかと思ったのに、カノンは苦笑しただけだった。ミロは不思議そうな顔をした。
お前が元気そうで何よりだ。カノンが口にしたのはそれだけだった。
青に沈む。本日は晴天、そろそろと流れる川、岸に広がる花畑。だがそのほんの一角の花々は、無惨に地面を抉られ萎びていた。剥き出しの茶色に広がる赤は、この美しい景色には不似合いだった。
気配を察して足に力を込める。強い衝撃が全身を襲う。晴れた空の下、土埃が舞って目の前の体が吹き飛んだ。それはカノンのすぐ右隣を勢いよくすり抜け、そのまま川へと突っ込んだ。
「ミロ!!」
土埃の中、前方で相手を殴り飛ばしたアイオリアが叫ぶ。それよりも速く、カノンは聖衣を脱いで川に飛び込んでいた。
水の中は相変わらず優しい。優しく体を蝕んでいく。流れは穏やかだ。程なくして、日の光に煌めく黄金の聖衣を見つけて真っ直ぐに潜っていった。小宇宙を燃やして重たい体を無理矢理引き上げる。あまり丁寧に扱ってはやれない。アイオリアはまだ戦っている。
「ミロ!カノン!」
水から顔を出して、ようやくミロを地上へ放り投げた。アイオリアがそれを受け止める。どうやら相手は伸したようだ。川から這い上がって蠍座の聖衣を剥ぎ取り、胸を圧迫した。ミロは呻いて血まじりの水を口から吐いた。
ミロはどうやらその時の記憶が綺麗さっぱりないらしい。吹き飛ばされたときに水に叩きつけられて意識が飛んだ。ただ不覚にも一発喰らったという感覚は残っていて、カノンを見舞う前に獅子宮で腹いせにアイオリアと喧嘩をしてきたという。
カノンはその一連の話は黙っていることに決めた。勿論アイオリアやサガあたりからその時のことをミロが知るときは来るだろうが、カノンは別にミロに感謝してほしいとも何とも思っていなかった。むしろあれは自分の失態だ。ミロはカノンのすぐ右隣をすり抜けていった。あとほんの少しカノンの反応が速ければ、あの状況は避けることができたのに。風邪を引くことになったのも自業自得だ。結果起きてしまったことをうだうだ言い続けるのは好きじゃないが、『ちょっと反省タイム』に入っている。
ミロは、様子のおかしいカノンに首を傾げたまま、自宮へと帰っていった。本当に見舞いにきただけらしい。
しかし何故自分は引いてミロは引かなかったのだ。そこだけ妙に腹が立ったが、あの後川に飛び込んだずぶ濡れのままの格好で、聖域までミロを引きずり人が来るまで応急処置を施していた自分が明らかに馬鹿だったのだ。しかも疲れて部屋に戻るのが面倒になったからソファーで寝た。考えれば考えるほど自業自得である。
ひとりになった部屋の中、窓の光から晴れているのがすぐにわかる。外に出たいが今日は我慢だ。とりあえずもう一眠りしよう。
…目を閉じて瞼の裏に映ったのは、深い青、暗い底へ沈む体、漂う赤い血。力の入っていない腕をひっつかんで水面を目指した。その時に目印にした白い光。
光の在り処
カノミロにもえあがって唐突に
カノンがミロを大事にしてるのがいい
根底にあるのはラヴじゃないのがいい
何処か、あったかいものを求めてるのがいい