下から見上げた水面が僅かに揺れた。それに真っ先に気が付いたバイアンは、あ、と声をあげて大列柱並ぶ神殿の広場へとかけていく。

白い光がゆっくりと、天井から降りてきた。



「おかえりシードラゴン」
わざと響かせるようにして、バイアンは光にそう声をかけた。光はやがて神殿の床に辿り着き、急速に輝きを失っていく。
「ああ」
眩しさが解けて現れたカノンの返事は、いつも通り素っ気なかった。




















「あ、シードラゴン帰ってきたー」
「随分早かったな」
「もうちょっとゆっくりしててもよかったんだぜ?」

バイアンの声にイオ、クリシュナ、カーサもぞろぞろと出迎えに来る。カノンは顔をしかめながら、先頭にいたイオに書類の束を押し付けた。
「また明日の朝イチで冥界まで走ってくる。それまでにこれだけ確認頼むぞ」
「ん、これだけ?なんだ楽勝だな」
押し付けられた書類をぱらぱら捲っていく。どの紙面にもギリシャ文字がずらずらと並んでおり、イオには内容の一割も理解できない。が、大して問題ではなかったりする。彼のやることといえばこれらの書類の文字列を全て、管理しているファイルに突っ込んで認印を書き足すだけである。小難しい内容など、カノンやクリシュナがわかっていればいいのだ。
「全部聖域からの了解のサインがついてる筈だが、一応ざっと確認しておいてくれ。心配だから」
「どうして、また」
「捌いたのが蠍座と獅子座の最悪コンビなんだ。一枚二枚抜かしててもおかしくない」
「…わかった、やっておこう」
「万が一抜けていたら俺のところに持ってこい。好ましいことじゃないが、俺が聖域名義でサインしておく」

それを聞き届けしっかり頷き、イオは束を持って神殿の奥へと走っていく。少ないならさっさと終わらせてしまおうと思ったのだろう。簡単な仕事ほど持ち越すとやらなくなってしまう。単純に、今は海も穏やかで随分と暇な時期で、常にモチベーションの高いイオは退屈していただけかもしれないが。



その入れ違いにアイザックとテティスが大列柱へとやってきた。元気に『お帰りなさい』と笑顔を見せたテティスとは対照的に、アイザックは軽く睨むような視線を送っただけだった。バイアンはやれやれ、と大袈裟に肩を竦める。
しかしカノンは全く気にした様子もなくずんずんと大列柱を抜け、鱗衣を脱いで大部屋のソファーに転がった。
「おいおい」
カーサが呆れたような声を零した。バイアンも慌てて駆け寄り、ソファーの脇に座り込む。
「シードラゴン、寝るんだったら部屋に」
「いい。仮眠を取るだけだ」
一応注意をしてみたが、既に両目を伏せて就寝モードになっている。これはもう動きそうにない。振り返ればアイザックと目が合った。もう一度、肩を竦めて苦笑いしてみる。

「テティス」
「はい」
「二時間だ」
カノンは左手を掲げて、に、を指で示す。
「二時間たったらすぐ起こせ」
「わかりました」
テティスの返事を聞くとすぐに左手は腹の上に落ち、おやすみなさいをいう前に眠り始めた。カノンは普段からやたらと寝付きがいいのだが、どうやら今日はそれだけじゃなく相当疲れているようだった。


「三日前に女神の護衛から帰ってきて、此処で徹夜だろ」
バイアンの心を読んだかのように、カーサが口に出す。それに続けてクリシュナが口を開いた。
「ああ、冥界から頼まれた奴だな。認印がいるから手が出せないっていって」
「で、捌いた後に即刻聖域へ飛んで…」
「…明日は朝イチで冥界か」
テティスがくすくす笑っている。

「忙しない人だな」
最後に、ぽつりとアイザックが呟いた。






休め、とか。私達にも仕事をもっと回せ、とか。言う必要性は皆無だと思う。それで体壊したら、自業自得って笑うだけでいい。看病ぐらいなら快くするから気が済むまで動き回らせようか、というのが此処での総意なのである。






「おーいシードラゴーン…あれ、シードラゴン寝てる?」
戻ってきたイオが目を丸くしてソファーの上の物体を見る。静かに寝息をたてるそれはかなり熟睡しているらしく、イオの呼び声もまるで聞こえなかったようだった。
「どうしたイオ。やっぱり認印抜けていたのか」
「いや、ちょっと分類わからないとこあって。マズいなぁ、作業が先に進まない」
「ああ、大丈夫」
頭を掻いたイオに、バイアンはにまにまと笑いかけた。
「二時間後にはきっちり起きるからさ」



そう、必ず起きるだろう。そういう奴なのだ、シードラゴンは、カノンという男は。そしてそんなカノンが、少なくともバイアンは嫌いではなかった。









海の日の午後



書いたことのないのを書いてみよう第一弾。海界です。一回かいてみたかった。凄く楽しかったです。ごちゃごちゃ大好きなんだ…。

カノンの扱いをそれぞれで心得てたら面白いなぁと。イオが馬鹿まっすぐ、バイアンが真面目まっすぐ、アイザックがクール良い子、クリシュナがずっしり大人、カーサがひねくれ大人、テティスは海の最強娘。ソレントがいたら常カノンとぐちぐちやってそうです。ジュリアンは時々ポセイドン様でやってきそう。力は使えないけど、喋ったりちょっかいかけたり。