深い闇の奥から甘い女の声が聞こえた気がして目を凝らした。すすり泣きや強い恨み言はよく聞いていたが、まるで誘っているかのように響いてくる声は此処では初めてだ。今この場を満たす血の臭いには少々不釣り合いか。デスマスクは喉の奥を鳴らして笑った。一歩足を踏み出すごとに聖衣から滴る血が、床に赤い模様を描いていく。


半ば無意識に、女の声のした方へとデスマスクは向かっていた。闇を深く進めばやがて冷たい石の床、壁一面に悲劇を装った顔が浮かび上がる。どれもこれもデスマスクが殺した人間ばかりなのだが、生憎どの顔を見ても彼の脳裏に何一つよぎってはこなかった。










命のひとつひとつに軽重の差などない。どれも等しく重たいのだ。子供だろうが大人だろうが、女だろうが男だろうが。人が死ぬ瞬間は、その双肩にかかる重責も自らの立ち位置も功績も名声も果ては人格さえも関係ない。かの冥王が述べた『死の平等性』は真実である。だから、デスマスクは誰が死のうと平等に反応を返す。運が悪かったなァ、冥界いってもお元気で。そしてけらけら笑うだけ。












甘い声の女はわからなかった。そもそも無数の顔が浮かぶ此処で特定のひとつを見つけるのは不可能に近い。別に見つけたいと思っていたわけではないが、残念に思った。デスマスクは女という生き物を愛している。いや、元来男は、どう足掻いても足りないものを補うために女を求めるものなのだ。そしてその逆も然り。もし人間を造った神なんかが存在するならば、上手く造ったものだと感心する。



(そんで、そういうモンに感情は付随してくるだけだ)

好きだから触りたいのではない。触りたいから好きなのだ。デスマスクが女を愛せるのは、女の甘い声に身が疼くから、柔らかい体が肌に心地いいから。
























突然、気の狂ったような悲鳴が響いた。それに呼応するように死面達が表情を変えて蠢き始める。嘆きと恨みに満ちた空気が場を満たした。それは何の力も持たないが、まるでひとつの小宇宙のように寄り集まり叫び、デスマスクを様々に詰る。



しかしデスマスクは、にやぁ、と笑って、床に浮かんだひとつの顔を踏みつけた。





「……静かにしやがれ!!!」





そのまま闇を一瞥すれば、一気に宮の中は静寂に包まれ無数の死面がすぅ、と消えていく。

















最近死人と戯れるのにも飽きてきた。そう、こんな死んだ声じゃなく、生きた女の声が聞きたい。生きた女の顔が見たい。温かな人肌の温度を求めている。


…噎せ返りそうな血のにおいじゃなく、鼻を擽る旨いにおいが嗅ぎたい。渇いた喉を潤すのは酒がいい。不足は構わないから、過剰を殺してほしい。闇に埋没していく冷え切った身を、引き揚げるような甘い感覚をただ待っていた。




だがまだ、その日は遠い。









死神と女



普通に女の人云々いえるのでっちゃんぐらいしかいない気がしました。


女性向けサイトやっててなんですが、私やっぱり男女の恋愛がすごく好きで。いや、好き、というのは語弊がありそうだ。素敵だと思うのです。
だから未だに、微妙なところで男同士に忌避感が無きにしもあらずだったりします…相変わらず面倒な奴ですみません。