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別に、幸せなんぞなくてもいいと、そう呟いたら殴られた。
「なぜそう思う!」
手加減なしにミロはカノンの頬を殴りつけて、叫ぶようにそう喚いた。










一体何の話からそう発展したのだったか。カノンはサガと喧嘩をしてきたばかりだった。周囲から見ればいつもどおりの兄弟喧嘩だったが、サガにとっては、またはカノンにとってはいつもどおりではなかったらしい。
喧嘩したカノンは大抵、ミロのいる天蠍宮にやってきて愚痴ったりミロの遊び相手をして暇を潰したりするのだが、その日は違った。カノンは双児宮の前でぼんやりしていた。柱に背を預けてぼんやり遙か遠くを眺めていた。
見かねたミロがわざわざ宮を下ってきても、カノンは上の空だった。気まずいミロが、今日の喧嘩の原因は何だったのだ、とようやく口にして、返ってきた言葉がこれだった。



「要らん心配をかけている。言うことを聞かぬ俺のことなど、放っておけばよいものを。
別に、幸せなんぞなくてもいいのだ、俺は。
それが、うまくサガに伝わらん」












ミロにはそれが、ある意味自分への侮辱にも思われた。ミロはいつだって幸せになりたかった。幸せを与えたかった。生まれてこれまで一度も疑ったことのない、自身の心だ。
「なぜそう思う!」
それはカノンも例外などではない。ミロの関わった人間のひとりだ。
「そういうことを口にするのは青臭いガキのすることだと云いたいのか!」
幾つになってもそれは変わらないはずだ。二百年以上も生きた教皇も老師も、願ってきたのはそこではないか。直接尋ねてきいたわけでなくとも、ミロにはわかる、察することは容易い。幸せの享受を願うから、長い永い年月を生き抜いた。










結局、ミロの怒りにカノンは何の反応も返さなかった。もう知らん!と踵を返して天蠍宮へミロは戻ったが、寄る辺なく頼りない気持ちがした。カミュは勿論シベリアだ。
感情を、ただ発露させる場所があればいい。ぎりぎりとひとり宮で耐えるなんてのはもう御免である。しかしその場所をとっさに思い付けない。なぜカノンはあんなことを言うのだろう。どうしようもないので、なんとか頭を冷やしてそれを考えてみた。



またサガと喧嘩したらしいよ、と教えてくれたのはアフロディーテだった。彼は詳しく何か知っているだろうか。宮が隣のデスマスクとアルデバランも音ぐらい聞こえているだろう。あの二人の喧嘩は非常に煩い。声もだが、破壊音が特に。



だがミロは、聖域中を歩き回ってそれらの話を聞こうとは露ほども思わなかった。事件の真相を暴きたいわけではないからだ。


ミロはひとりで激しく思考した。天蠍宮の前に座り込んで、頭を抱えて唸ってみたりもした。勿論形だけで何か出てくるわけもないのだが、そうするほかに術がなかった。
幸せなんぞいらないというカノンが、根本的に理解できない。常に幸せを望み続けてきたミロには全くわからない。そこで結局思考が止まるから、そこから何も動かない。











呻くミロに影がかかった。はっ、と気付いて顔を上げる。ミロの隣にはいつの間にかカノンが立っていた。先程双児宮でぼんやりしていた時より、ほんの少し眉間に皺を寄せて、大丈夫か、といつもの調子で口にした。
「大丈夫なわけあるか!」
ミロは思わずそう叫んだが、考えてみれば何が大丈夫じゃないのかがさっぱりだ。とにかくこの苛立ちをもう一度カノンにぶつけなければ気が済まなかっただけである。そして先程の続きを始めるように、ミロは矢継ぎ早に言いたいことを口にした。



「サガと何があったかは知らんが、あんなことはもう二度と口にするな!幸せにしてやれないなら、もうどうしてやったらいいかわからんではないか!
心配?結構だ!どんどんかけてしまえ、兄弟だろう!?うまく伝わらんなら伝わるまで粘ってみせろ!なぜいつもそう後ろへ後ろへ行きたがる!?」



息継ぎもロクにせずに言い切り、再び込み上げてきた感情に耐えられず涙が出てきた。情けないと思いながらもミロはいつもこんな感じだ。
「…悪かった」
カノンは険しい表情のままようやくそれだけを告げてミロの頭を撫でた。
「サガと言い争いたかったわけでもお前を怒らせたかったわけでもないんだ。俺が悪かった」
結局、真意はわからない。わからないが、目元の涙を拭いながらミロは、相変わらず慰めるのがへたな奴め、と心の中で悪態を吐いた。









何処に在らん



収まりの悪い文章だ…なんというか、カミュミロみたいにはなれないカノミロの距離感がすきです。カノミロになった途端うちのカノンがへたれになるんですがこれ何ていう魔法ですかね。