綺麗に片付けられた部屋には無駄なものが本当にない。書類の提出に出て行ったままなかなか戻らない部屋の主の許可もなしに、カノンはこの面白くもなんともない部屋を物色しはじめた。





定期購読している雑誌はないという。立ち読みで済むならそれに越したことはないとかなんとか。整理された本棚に並ぶ本は専門書など堅苦しいものばかり。文学などあるはずもない。カノンはもとより本など読まないが、読むとするなら評論よりも小説だ。

テレビ横のラックの中には綺麗にDVDが押し込まれていた。何となくひとつ手にとってパッケージを見ると、知っている題名だった。それもそのはず、何故ならこれは以前、部屋の主に連れられて映画館まで見に行ったものだからだ。丁度暇だったしと軽い気持ちで一緒にいってちょっと後悔したのを覚えている。成る程、もうDVDになったのか。早いものだ。
戦争映画や政治映画に興味があるという。まぁらしいといえばらしい。カノンは全くそういう類に興味がなかったが、珍しく饒舌にその良さを詳しく語ってくるのでうっかり真剣に聞いてしまい、今では何故だか妙に詳しくなってしまった。

勿論、ラックに押し込まれている他のDVDも似たようなものばかりで、カノンはひっそり、物騒な奴だなぁ、と呟いていた。







こんな趣味の話だけでなく、あれは妙に攻撃的な面がある。普段は理性を重んじ、いわば冥界の一冥闘士として節度ある言動をとるが、本質的におとなしい生き物ではないのだろう。それはカノンに対して向けられることも多々ある。

カノンはあれと度々体を繋げた仲ではあるが、だからといってあれに縛られる必要性は皆無だと思っている。それを向こうもしっかり理解している筈だ。しかしどうやらそうやって簡単に割り切れる問題でもないらしい。カノンがそれなりに優しい目でもってあれに付き合えるのは、やはり年上だからだろう。盲目にはならないのだ。例えば戦のにおいに血が高ぶっても、カノンはあれに噛みついたりはしない。カノンがあれに向ける感情は、あれよりほんの少し大人であるが故に、優しげで落ち着いていた。


しかしあれはそうではない。もともとカノンとは敵だったのだということを差し引いても、そういう性質であるのだというか。粘着質だ、と何時だったか奴との関係をデスマスクに問われた時に、奴についての評価をそう口にした気がする。平時は真面目で公平な奴なのに、きっと融通が利かないんだろうなぁサガみたいに。確かそういった。デスマスクが苦い顔をしたことをよく覚えている。








あれは時折、驚くほど乱暴だ。それを嫌だと思ったことはない。そういうものなのだろうと、優しい方向に考えた。







「何か見たいものでもあったのか?」
背後から重たい声がかかる。部屋の主が戻ってきていたらしい。未だラックの前に座り込み動かないカノンを不審に思ったか、奴は緩慢な動きでその隣にしゃがみこんだ。
「…全部戦争映画だろうが」
抜き出したまま手に持っていたDVDを改めて眺める。新しいものだから当然だが傷ひとつ付いていない。これに限らず、ここに押し込まれた全てに傷などついていないに違いない。気に入ったものだけを買って、大事そうに手元に置いている。


おとなしい生き物ではないくせに。物騒な奴である。カノンはようやくラックの中にDVDを戻した。隣の奴の機嫌が少し悪くなったことを、カノンはすぐに察することができた。


「嫌なら、他を当たれ」
そう言う癖に、これはカノンがふらりと離れることを決して良しとはしない。だがしかし、本当はその言葉通りのはずだったろう。縛られる必要性は皆無だったはずなのだ。なのにこいつはきっと今日も明日も割り切れずに、乱暴にカノンの腕を引っ掴んでくるのだろう。普段は良い奴なんだけどなぁ、と。この無駄の無い部屋に対してと共にカノンは苦笑いした。









戦争と映画の日



実はラダマンティスのとんでもない執着ぶりに、カノンはほとんど気付いていなくてもいいんじゃないかと思った。でなきゃ何となく、カノンはラダマンティスの所にいない気がするので。
妙に懐の広い男前カノンがすきです。普通にクソ良い男なラダマンティスがすきです。