真っ暗な部屋の中でも目が利かないことはないのだが。毛布の上を右手に這わせて、手探るようにカノンの身に触れた。初めはいつものように腕を、左手を欲しがろうとしたのだが、それはカノンの左胸の上に乗っかっていて、辿り着いたところは心臓だった。

ラダマンティスは一瞬、動きを止めて息を潜めた。そんなことをしても心臓の音は耳に届かない。もぞもぞと、毛布の中から身を起こす。心臓を守るように乗せられたカノンの左手を右手で掴んで外し、左胸に耳を当てた。今度はしっかりと規則正しい心音が聞こえた。



人間は、心臓の音を聞くと安心するのだと、いつかどこかで聞いたことがある。しかしラダマンティスは心臓の音で安心を覚えたことは一度としてない。どちらかと言えばこの音は、いつも彼に強い焦燥感を与えた。今だってそうだ。カノンの心臓を前にして、つまらなさに苛立っていた。







ここに意味はない。こんな場所には何の価値もないのだ、きっと。







そろりと、カノンの目が開く気配がした。
「なにしてる」
未だ夢の中であるかのような小さな声が降ってくる。ラダマンティスは返事をせず、まだつまらない心音に耳を傾けていた。
「重い」
自由な右手がラダマンティスの髪を引っ張りはじめる。それでもやはり無視したが、やがて本気で引き剥がしにかかられ、渋々左胸から頭を退けた。
「重たかったか」
「そう言った」
「ならよかった」
訳がわからん、と訝しげに呟かれる。カノンはそのまま身を起こすでもなく眠たそうに目を擦った。ラダマンティスはカノンの左手を握ったまま、再び毛布の中へ潜り込んだ。必然的にカノンの体はラダマンティスの方向を向く形になる。


「そうだ、人を負ぶったことはあるかラダマンティス」
不意に微睡んだ声でカノンが尋ねてきた。
「勿論あるが…どうした?」
「あれは結構しんどいな」
「重たいからな」
「そうだ、重くて仕方ない」
「良いことだろう」
「良いことなのか?」
「ああ」
軽いよりはずっと、と、思っているのはもしかしたらラダマンティスだけかもしれないが。



「…じゃあしょうがねーなぁー…」
カノンの瞼が再び閉じられる。暗い中でもそれをしっかり見届けて、ラダマンティスは自身の右手で握ったままだったカノンの左手を静かに解放した。





掴むものを無くした右手で自分の心臓を掴んでみる。やはりつまらない心音が聞こえるだけだ。こんなところに意味はない。こんなところに価値はない。されど此処より生まれるものは、他のどんなものより重たく捨てがたい。そう思うと、無性にラダマンティスは己の心臓を抉りだしたくなった。









軽重を測る右手



どうしたかったのかがいまいち思い出せません。既にLCにてラダマンティスは心臓抉ってましたね。
ラダカノの二人は意見の衝突とかでの喧嘩らしい喧嘩を全くしないくせに、物事の捉え方とか倫理観とかがまるで違ってたりすると面白いですね。