「カミュ、地平線の彼方はどこに繋がっているんだ?」
フローリングの床に寝転がるミロが、随分と分厚い写真集を眺めて何の脈絡もなく尋ねてきた。カミュは、林檎の皮を綺麗に剥くことに集中させていた神経を、ゆっくりミロへと向けていく。
「ミロ、地球は球体なのだ。地平線や水平線というものはそれ故に存在するのではあるが、幾ら目指したところでその先に辿り着くことはできず、再び同じ場所に戻ってくるだけだ」
果物包丁を丁寧に置き、ミロの唐突の質問にも丁寧に答えた。ミロは、ふーん、と適当な相槌を打つ。視線は常に写真集の中にあるようだ。
「なんだ、つまり地平線など見せかけということか。つまらんなぁ」
「そうでもない」
「そうなのか?」
「見せかけであったとしても、果てを目指せば辿り着く場所もあるだろう」
再び、カミュは林檎の皮むきをはじめた。傍らに置かれた深皿の中には、既に皮の剥かれた林檎が幾つも入っていた。



「ならばカミュ、俺は今から地平線を目指すぞ!」
突如ミロはがばっ、と起き上がり、手にした写真集を床に叩きつけるようにして手放した。分厚いそれがドン、と鈍く重い音を立てる。床に響いて振動したが、カミュは別段驚きもまたそれにより手元を狂わすこともなく、静かにミロを見た。
「今からか?」
「そうだ。今から東に向かって真っ直ぐ駆け抜ける」
「西ではなく?」
「朝日のはじまるところがみたいではないか」
「夜になってしまうかもしれない」
「構わん」
辿り着く場所があるのだろう?得意そうなミロの表情にカミュは微笑んだ。
「だがミロ、真っ直ぐ地平線を目指したのでは、結局此処に戻ってくることになるぞ」
地球は球体なのだ、ともう一度同じことをミロに説く。しかしミロは腰に手を当てて胸を張り、明るくカミュに笑ってみせた。

「辿り着く場所が此処なら、それ以上に素晴らしいことなどない」





なるほど、それが本心にカミュには思われた。手にした林檎の皮が最後まで綺麗に剥かれる。更にそれを小さく切り分けて、やはり深皿の中にばらばらと入れた。
「ならば私はお前が帰ってきたときのために、沢山林檎を用意しておこうか」
そう口にしたものの、待つなどという殊勝な真似が自分にできるだろうか、と思った。無理だろう。なかなか帰ってこないことに焦って迎えにいってしまうかもしれない。
そしてそれは、ミロも同じかもしれない。焦って二人、どこかで道を外してすれ違うかもしれない。しかし地球は球体だから、万が一すれ違ってもまた何処かで会えるのだ。しかも同じところから出発しているのだから、辿り着く場所は同じではないか。







ミロが膝で床を這って、深皿の林檎をひとつ口に放り込んだ。うまい、と簡単に一言。カミュは身を屈めて林檎の入ったミロの頬に口付け、再び微笑んでみせた。









向こう側の見えない幸福について



つまりカミュミロってこういうことかなって思っただけなのです。楽しかった。