1ヶ月振りにジャミールより聖域へと戻っていたムウは、朝の早いうちに買い出しを全て済ませ、白羊宮にてのんびり午後を過ごそうとしていた。ギリシャの真昼は日差しが厳しい。そんな中を好んで外出しようとは毛頭思わず、またこの炎天下でも変わらず修行を行っているであろう、聖闘士の候補生達に少し同情する。
普段は貴鬼に煎れさせているので、久しぶりに自分で茶を煎れた。久しぶりだからといって分量を間違えたりすることはない。だが少し口をつけて、貴鬼が煎れるものと少し違うな、と不思議に思った。棚から菓子の類も引き出してくる。


すると金牛宮の方向から、ふたつの見知った小宇宙がこちらに向かっていることに気付いた。ムウは顔をしかめる。ふたつのうち、片方は全く問題ないのだが、もう片方が来たら面倒なことになるのが明白だったからだ。




ふたつの小宇宙は着実に白羊宮へと近付き、大した挨拶もなく中へ踏み入る。

「良い匂いがするな」
入るなり、テーブルの上に並べた菓子の方へ吸い寄せられるように歩いてきたのは、案の定シャカだった。いつものように目を閉じていたが、甘い匂いを発している菓子をしっかりと嗅ぎ分け顔を近付ける。その長い金髪が菓子にかかりそうになるのを見て、ムウはとっさにその髪を束ねあげた。
「すまんな、邪魔をするぞムウ」
そのシャカの後ろからゆっくりと姿を現したのはアルデバランだ。菓子を覗き込むシャカの肩を引いて少し申し訳なさそうな顔をする。
「別に構いませんよ。しかし珍しいですね、何処で拾ったんですか」
珍しいのはこの取り合わせ、もあったが、シャカが自分から処女宮を出るとは思えない。偶然会ったから成り行きで、というわけではなさそうだと、ムウは考えていた。
「美味そうな匂いがしたから下りてきたのだが」
「貴方には聞いていませんよシャカ」
「ははは、いやなに、ずっと宮に篭もりっぱなしも退屈かと思ってな。俺が引っ張り出してきてしまったのだ。そしたらムウの所に行きたいと言い出してだな」
なるほどそれで。全くアルデバランも物好きな。別に宮から出ようが出まいが、シャカにとって大した違いはないというのに。それにしても、シャカが大人しく言うことを聞いたというのも驚きだ。外は暑いし、処女宮から白羊宮まで下りてくるだけで重労働に違いない。まぁ、もしかしたら単に腹が空いていただけかもしれないが。


説明を聞いている間にシャカはさり気なく菓子を口に放り込んでいた。

「…行儀が悪いですね」
思わず溜め息が出る。
「ムウ、君は私達を迎えるため、このように用意していたのではないのかね」
「誰がしますかそんなこと」
「見ろアルデバラン、これは私が特に好いている東洋菓子だ。この薄皮に包まれている甘い餡が堪らなく旨い。君も一口食べてみるといい」
勝手に頬張りながら勝手に人に勧め出した。本当に呆れた根性だが、勧められたアルデバランはきちんとムウに、いいのか?と許可を求めたので今日は大目に見ることにする。どうぞ、と一言告げればアルデバランはシャカから菓子を受け取り、それを口の中へ一口で放り込んだ。
「うむ、これは確かに旨いな」
頬を膨らませて嬉しそうにうんうんと頷く。
「何ていうんだ?これ」
「饅頭ですよ」
「まんじゅう?」
「ついこの間老師から沢山頂いたのですが、日持ちしませんからね。二人で片付けてしまってください」
ムウは少し投げやりな気分になっていた。食べるなという理由はない。それにシャカに食べるなといっても無駄なことは重々承知である。彼が人の言うことをまともに聞くなど、天変地異の前触れだ。
勿論テーブルの上に並べられているのは饅頭だけではない。シャカは、様々な種類の菓子を順番に口に入れて、これはいい、これはあまり、と律儀にひとつひとつ批評し始めた。それをアルデバランは頷きながら聞いてやっている。




折角穏やかな午後を過ごそうと思っていたのに。もう一度深い溜め息を吐いて、二人の分の茶も煎れた。しばらく帰りそうにないなと思ったのと、シャカが喉を詰まらせそうな勢いで菓子を頬張っているのを見かねたからだ。
「ムウはどれが好みだ?」
シャカの菓子批評を真剣に聞いてやっていたアルデバランが尋ねてくる。
「ムウのものだし、俺達だけで食べてしまってはいかんだろう」
その向かいの、遠慮など異次元に置いてきたといわんばかりの男と違い、アルデバランは本当に人間ができている。来たのがシャカだけだったら即刻追い返していただろう。
「気遣いは無用です。好きなものでしたら自分で取って食べますから」


そう言ってムウ自身も席につき、飽きるまで付き合ってやろうと決めた。予定していたひとりの時間が恋しくないわけではなかったが、まぁ、別に構わないだろう今日ぐらい。どうせ外は日差しが猛威を奮っていて暑いだけだろうから。









異文化ティータイム



なんとなくこの三人で。和み担当みたいな。ムウ様とアルデバランの組み合わせが結構好きです。そこにシャカがちょいちょい混ざるみたいな。
しかしシャカの動かし易さは異常