※「身勝手な不自由」を先に読んでおくとわかりやすいと思います。
昼、午後一時過ぎ。朝から教皇宮の机と向き合い仕事をこなしていたが、そろそろ腹が空いたと休憩を持ち掛けた。書類から一度も目を離さずに黙々と作業を続けていたサガがようやく顔をあげる。ちらりと時計を見た後、そうだな、と意外にもあっさりと提案を受け入れた。もしかして、サガも腹が空いていたのだろうか?アイオロスは大袈裟に喜び、近くを通った神官に軽い昼食を二人分頼んだ。
今日は朝からサガの機嫌がすこぶる悪い。実際には昨日の執務中も既に悪かったらしいが、昨日アイオロスは任務に出ていた。何かあったのだろうが、聞き出そうにも完全にアイオロスを無視して黙々と仕事を続けるためまず会話ができない。昼食を挟めば少しは話ができるだろう。アイオロスはにこにこしながら待っていた。
「今日はどうしたんだ?」
「何の話だ」
「朝から眉間に皺が寄りっぱなしだぞ」
ふざけた物言いで自分の眉間を寄せてみせるアイオロスを、サガは全力で睨みつけた。
「ずっとそうしてたら疲れないか?」
そう言いながら、サガがこうも露骨に不機嫌を見せるのは自分とカノンの前ぐらいだということを、アイオロスは知っていた。だから、にこにこしたまま運ばれてきた昼食を口に運ぶ。サガは何か文句を言おうと考えていたようだが、面倒になったか、アイオロスに続いて昼食に手を付けた。
「で、何があったんだ?」
もう一度、出来るだけ柔らかい声で軽く尋ねる。サガはしばらく黙ったままだった。
が、昼食を粗方食べ終えナプキンで口元を拭った後、如何にも機嫌の悪さを象徴するような低い声で話し始めた。
「カノンがよく冥界に赴いていることは知っているだろう」
「勿論」
一緒についていったことだってある。
「ワイバーンに会いに行ってるんだろう」
「そう、冥界三巨頭のラダマンティスとかいうあれに、だ」
言葉の端々に悪意が籠もっている。それもそのはず、サガは三界公認で大が付くほどの冥闘士嫌いなのだ。盟約が結ばれ、一応友好関係を持つことになった今でも、サガは頑なに冥界側と馴れ合おうとはせず、公式の場以外では視界に捉えようともしない。あまりにもあっさりと冥界側を受け入れ、私的にも交流をしているカノンとは大変対照的だった。
「気に入らないのか?」
「気に入らないも何も、理解ができん」
サガは基本的にカノンを放任している。それは二人とももう立派な大人だからというのも勿論あるが、それ以上にサガはカノンを持て余しているようだ、とアイオロスは思っていた。ちなみにこれはただの勘だ。別にわかりやすく目の前でそのような現場に遭遇したことはない。アイオロスはサガの親友を自負している。全てとはいかずともサガの心情は理解しているつもりであったし、鬱屈があるなら何とかしてやりたいのも本心だ。
「それに私はどうもあの男が気に食わん」
「ラダマンティスが?冥闘士だから?」
「いや、冥闘士だということも除いて根本的にあれが気に食わん」
「ははは、やっぱり気に入らないんじゃないか」
「笑うな」
「悪かった」
「カノンは『友人だ』というが、一度本気で命の奪い合いをした敵同士友人など」
「うーん、まぁ昨日の敵は今日の友、とも云うしな」
さて、基本的にカノンを放任状態のサガが、どうしてそこまでカノンの『友人』に突っかかるのか。またも勘だが、アイオロスは察していた。
何故なら彼にも弟がいる。七歳も年の離れた弟が。背はすっかり追い付かれてしまったし、自分がいない間に色んなことを経験して、弟はもう自立した大人だった。
でも弟。『大切な弟』だ。血が繋がっているというだけで、アイオロスは弟を守ることができた。
「あれは、私の前ですらカノンを自分のもののように語る」
「そうなのか」
「何を知っているというのだ、あれが。カノンの話をしているというのに、何故私まで暴かれたような気分にならねばならん」
アイオロスはにこにこしたままサガの顔を眺める。サガは不機嫌そうに眉間に皺を寄せていても綺麗だ。
「サガ、こういうときはあれだ、視点を変えてみるのさ」
「はあ?」
「ほら、同じものでも角度を変えて見たら違うものに見えたりするだろ?あとは…えーっと、高さの違うところにいたら当然見える景色も違うだろ?」
「回りくどい!」
サガが苛立ち机を叩く。だがアイオロスは怯みも、またいつものように笑いもしなかった。
アイオロスにとってサガは親友である。全てとはいかずともサガの心情は理解しているつもりであるし、鬱屈があるなら何とかしてやりたいのは、間違いなく本心だ。だって親友なのだから。
…だから、サガにはカノンが必要なのだ。
「要するに、考えすぎってことだ」
アイオロスのその言葉を最後に、サガは勢い良く席を立った。空になった自身の皿を片手にずんずんと部屋を出て行く。ああまた怒らせてしまったようだが、でもきっと大丈夫だ、とアイオロスは皿に残っていた最後の一口を片付けた。だってサガは馬鹿じゃない。信じてやることは親友の役目だ、アイオロスはこうしていつでも、サガへ友愛を送り続けている。
親愛なる我が友へ
多分ただの一度だって、そうでなかった時はないのだろうなぁ、ロス兄は。ロスサガというよりは、この二人の親友としての関係性に萌えより燃えを感じます。でもロスサガです。
余談ですが、サガは肉親への無償の愛を信じていて、サガからカノンへの感情は全てそこに起因しているのだろうと思っています。カノンはそんなものよくわからないでしょうが、カノンがサガに求めるものは兄としてのサガだろうと踏んでいるので、実は双方が双方に求めてるものは同じとかいう話です。
ただカノンにとってサガは、双子の兄以上に世界の半分で万物の尺度なので、無償の愛とはまた違うのかもしれません。
…と、いうのも、色んな二人兄弟(勿論私も二人姉妹ですが)を見てきて、いつも上の子って肉親愛情が深い気がするんですよね。ただの思いすごしかもしれませんが。
長々とすみません…