「酒市場があるよな、あそこ」
「ああ、私は結構好きだよあそこ」
「酒くさいけどな」
「仕方ないだろう、それは」
「輸入物とかがあると聞いたが」
「ああ、何と言っても品揃えが素晴らしいな」
「俺的には酒だけじゃなくて他のモンも揃えてるのがポイント高い。ツマミも探せる」
「そうなのか?行ったことがないからな…」
あれ?そうなの。じゃあ。
誰も行こうなんてひとことも言ってないのに、一体全体どうしたんだ。いつの間にか三人で向かっている。ポケットマネー三人合わせて安い一本が限界。当然だ、行く予定なんてなかったんだから用意なんざしているわけがない。でも大体いつもそんな感じ。
「おおー今日もいい感じにスカスカだな」
「…流行ってないのか?」
「いや、そんなに沢山人が来るようなところじゃないだけだよ」
発泡酒で充分、って人も多いだろ。そういうデスマスクは結構酒には煩い方。
入り口にはお薦めが並ぶ。立派な瓶に立派なラベル、値札を見れば納得の数字。呆けるシュラの顔にアフロディーテがにたにた笑う。飲みたいかい?、と問われるが、いや別に、と答えておく。
少し奥に入れば四方八方酒瓶だらけ。時々パック。一番奥には酒樽。
未知だ、これは未知の世界だ。シュラはひとりで心中狼狽えた。
「まぁボーナスが入らねえとこんなもん買えねーけどな」
ごもっとも。
「でも案外見てるだけで楽しいもんだよねぇ」
そう、見てるだけ。虚しくないかいとは愚問である。見た目も楽しむのが食事の常識。酒も同じ。かろりーなんちゃらとか、論外だ論外。
ある意味それは、暗い影を落とした十三年間の裏返し。少しでも心休まるものをと三人が見つけたのは、何てことのない日常。ああ自分は生きている人間である、腹も空けば喉も乾く。栄養が足りなければ死ぬ。眠らなければ疲れる。そういった、至極当たり前のこと。
常飲の癖のないシュラも、店内をあちこち彷徨き瓶のラベルを眺め出す。好きな酒類が決まっているデスマスクは同じ棚から離れない。これ綺麗じゃないかとわざわざ二人に見せたがるアフロディーテはとても機嫌が良さそうだ。
そういえば、ポケットマネー三人合わせて安い一本が限界、だった。軽く不審者のごとく長い時間店内に居座り、あれこれ吟味しても買えるのは安い一本。
三人でそれぞれ気に入った一本を取ってくる。値段もしっかり考慮した。あとはどれかに絞るだけ。
ああ、やっぱり何か虚しいかもしれない。
「あれだ、」
徐にデスマスクが口を開く。
「次の定給金が入ったときだな」
「…ああ」
「あと二週間はお預けか…」
悲しいかな、世は金である。
「…シュラが初めて市場に来た記念で、シュラの選んだ奴を買うのはどうだ」
諦めかけたとき、アフロディーテがさも名案と言わんばかりに声をあげた。
「お前がそんなこというなんて、雪が降るんじゃねーのか」
「何を失礼な。降りたければ降らせておけばいいだろう雪なんて」
「…雪はおいといて…俺のでいいのか?お前たちの選んだものの方が安心だと思うが…」
勿論、味のこと。シュラはラベルと瓶の色、中身の色味などなどそんなところでしか判断してない。わからないから。
「いいんだよ別に」
「記念品だとでも思えばいいさ。ほら」
すっかり日も暮れた帰り道。今日は晩餐会だ、その酒だけじゃなく買い置きの安酒もかき集めて。デスマスクが珍しく乗り気でいった。なら料理はお前か、楽しみしておこう。アフロディーテがにやにやしている。シュラは二人の半歩後ろで大事そうに酒瓶を抱え、それなら俺の所で、と小さく笑った。
デビュー記念品
あれ、意図したわけではないのだけど続けて食事の話ですね…。マ○シェの酒市場が好きです。雰囲気がとても。
仲良し年中組を増やしたいなぁという欲求に従った結果です。