「さぁシュラ、今日は俺と任務だ。よろしくな」
荘厳な射手座の聖衣を纏い、曇り無い笑顔を向けてくるアイオロスから、失礼だと思いながらもシュラは目を逸らした。
「…よろしく」
苦笑いされたのがわかった。シュラは少し下唇を噛む。…なんと情けないのだろうか自分は。
聖戦は終わり、皆此処へ戻ってきたけれど。『あったこと』が『なかったこと』になったわけでは決してない。シュラが過去、アイオロスを死に追いやったその事実が消えることはない。いや、寧ろ消えてはならないのだ。アイオロスに対してだけではない。自分が犯した罪の数、十三年前からずっと、あいつら三人と確認し続けたそれを、忘れるわけがなかった。
「どうした、暗い顔して」
知らず知らずのうちに、思い切り眉間に皺を寄せていたらしい。凄く不細工な顔だ、とアイオロスはにこにこ笑っていた。
「すまない」
シュラはとっさに謝った。
「何を謝ってるんだ?」
アイオロスを直視することができない。後ろめたさと申し訳なさが首を擡げる。それでなくとも自分は考えてることがすぐに顔に出るのだ。『代わろうか』と珍しく気を遣ってきたアフロディーテの言葉に甘えるべきだったかもしれない。シュラは固く目を瞑り、ひとつの光景を思い出した。
復活してすぐの時。アイオロスは、彼の顔を見るなり謝罪の言葉を口にしようとしたサガを遮り、強い口調で次のように言った。
「俺のことで悔いる必要はないぞ。あれは俺にも非があったし、考えるだけ時間の無駄だ。過ぎたことをつべこべ言うのだったら、先のことを考えよう。先の、楽しいことを」
それでも食い下がるサガにアイオロスは笑った。しかもサガの額を指で弾いて『もっと笑え!』なんて促しだした。
「一度崩れたのならもう一度組み直せばいい。単純なことだ」
だが何にしても崩れるのは一瞬で、作り上げるには時間がかかる。休まず手を動かさなければ完成は遠い。アイオロスが修復を望む関係性を前にして、シュラの手は常に止まっていた。逃げはしないが、その真ん前で突っ立っているだけだ。
「てめーはほんっとクソ真面目だなぁ」
「お前も少しは見習ったらどうだい?」
「馬鹿いうなよ、俺が真面目とか寒気する」
「まぁ色んな人間がいるんだ。性悪がひとりやふたり居たって構いやしないだろうけどね」
そうやって肯定もしないが否定もしない友人のもとで安心して、それでいいとは思っていない。情けなさは百も承知だ。
「おーい」
目の前で呼ぶ声に、はっ、と我に返る。気付けばアイオロスは真正面まで来てシュラの顔を覗き込んでいた。しまった、また思考の底へ落ちていたようだ。
「すまない」
「だから、どうして謝るんだよ」
「…考えごとを」
あの時アイオロスがサガに言った言葉は、何もサガにだけ突きつけたものではない。あれはあの場にいた全員にアイオロスが願ったことであり、その内に自分も含まれているのだということぐらいシュラにもわかる。
だから、『修復が捗らない』ことを伝えるのは、心ないのではと不安になったのだ。とうの昔に心なんて何処かに置いてきたと思っていたが、
『人間サマだからな』
まだ欲しがっている。欲しいから、止まっている。次は間違えない方法を探している。
突如、アイオロスの両手がシュラの頬を挟んだ。驚きに目を見開いた瞬間、ばちん!という軽快な音が響く。
「変な顔!」
両頬を両手で叩かれたと気付くまでに何故か酷く時間がかかった。シュラはそのまま固まって動かない。その呆けた顔を見てアイオロスは子供のように笑った。
「ははは、シュラも笑えよ!腹の底から笑うといい。それだけできっと変わるぞ、色んなことが」
そうだろうか。変わるのだろうか。アイオロスも、何か変わったのだろうか。手拱いている間に変わったことはどれだけあるだろうか。
「だから、笑いながら行こうか」
何十年経ってもアイオロスはシュラの先だ。実力とか年とか関係無く、ずっとシュラの先。やはり自分は情けないと肩を落としながらも、アイオロスの背を追った。
今日はちょっとだけ、土台を進めようか。笑い方の練習でもしながら。『似合わねー!!』とあいつらが、思い切り笑い飛ばしてくれたらいい。
書き掛け設計図
ロスシュラかきたいと思って書き始めたのに大してロスシュラでもないという。…リベンジするか…
やっぱりロス兄さんはかっこいいと思います。大事なときはきっと。