とりあえず何か色々あったが、ミロを加えたカノンとの会話は、二人が用を足して帰ってきた後数十分ほどで終了した(勿論、おれの休憩時間が終了したからである)。


「次はいつにする?」
ソファーから立ち上がりながらカノンが尋ねてきた。スケジュールは明らかにおれの方が詰まっているので、カノンはいつもおれに合わせてくる。おれは壁に貼り付けた予定表を眺めて空いている時間を探した。
その視界の端で、ミロが明らかに『え、うそ、また行くの?』という表情をしているのを見てしまい、おれはちょっと申し訳なく思ってしまった。…よくよく考えなくともおれは何も悪くなかったのだが…。

すると、不意にカノンが『いいことを思い付いた』と言ってにやりと笑った。おれはカノンのその表情が嫌いではないが、意図するところがわからず首を傾げた。何故か得意げなカノンの後ろで、ミロはもっと首を傾げていた。

「俺が此処に泊まればいい。そうすればいちいち時間なんて気にせずに済むし、もう少し話もできるだろう」

泊ま…?つまり冥界で一泊二泊するというのか。成る程確かに、流石のおれも余程ギリギリでなければ夜(地上時間)に仕事を持ち込んだりはしない。部下にも悪いし。部屋も適当に空いてるところを貸せばいい。
「どうだ?」
「ああ、別にこっちは構わん。だがおれが仕事中暇ではないか?」
おれにとっては別に全然問題はないのだが、おれの部屋には娯楽品が何ひとつ存在しない。本なら多少本棚に突っ込んであるが殆どが専門書だ。雑誌の類は読まないし、アイアコスが夢中のゲームだとか、ミーノスが仕事中には欠かせないという音楽プレーヤーなどは興味がないので置いていない。カノンにとっては殺風景で面白みのない部屋ではないだろうか。
「あ、だったらその時間の間はアイアコスあたり寄越してくれよ。適当に暇つぶしするから」
いや、あいつにも仕事あるんだがな…まぁいいか、どうせできんだろうし。
「わかった」
おれは、ならば日程を決めなければな、と切り出そうとした。ただ泊まるだけではあるし、公式の客人でもないのでそんなに大したことはないのだが、部下達があれこれと手を回したがるだろう。『ラダマンティス様のご友人ですから』と毎回茶を運ぶバレンタインが思い起こされ、早いめに決めておいた方がいいなと思ったからだ。
「待て、アイアコスなんぞ呼ぶ必要はない!俺も泊まるぞカノン!」
だが切り出す前に、やたらと煩く叫ぶような声でミロが言い放ってきた。
「いや、お前別に無理して来なくてもいいぞ。カミュも今週末には帰ってくると言っていたし」
「だがそのまた三日後に出発するとも言っていた。心配するな、なだ万ティスがいない間もこれで退屈はしなかろう!」

誰だ、なだ万ティスって。まさか噛んだのか、そんな微妙なところを、しかも人の名前を。










予定を適当に決め、二人が帰った後、おれはどうも、あの蠍座のミロとやらとは相性が悪いらしいことに気付いた。
初めは向こうがおれを避けているから、こう、こっちにも苦手意識が植え付けられたかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。おれはミロの、カノンに対する言動だけでも理解し難く一貫しているようには見えず、遠巻きにしてしまっている節がある。おかしいな、おれも蠍座なんだが蠍座同士というのは相性がよくないものなのだろうか、などと女の考えるようなことを思い、妙な情けなさに首を振った。

つまるところ、おれはミロがよくわからなかったのだが、ここでおれは例えばカノン相手のように、『ならば理解できるよう』、とはならなかった。それどころかおれは、この日決めた宿泊の日程は予定表を見なくても覚えていたが、『ミロがわからない』と思う感覚をすっかりと忘れてしまったのだ。
恐らく、この時はそのことでそれなりに悩んだにも関わらず、実のところそれを全く重要視していなかったということなのだろう。再三主張してきたが、おれは記憶力がよくないのである。





こうして、初めはカノンとおれしか関わりのなかった筈の場にミロという人物が加わったわけなのだが。話はどうもこれだけでは終わらない。

人間というのは社会的な生物であり、自分という媒体を通して様々な事項と関わっている。そして同じ自分を媒体としている人間と交わることで自分を得るものなのである。

ようするに言いたいことはこうだ、既にこの時点でアイアコスとミーノス、おれの部下達も大きく関わっていたと云うことを、おれは懸念していなかった。













宿泊の日にちまであと三日、となったある時。ミューがわざわざカノンからの伝言を届けてくれた。どうやらシルフィードとゴードンとクイーンの三人が、聖域に定期連絡をした際に連れて行ったフェアリーをひっつかまえたらしい。
「次会ったときに『ウチのフェアリーは優秀な諜報員なのでもっと丁寧に扱ってください』とお伝えいただけますか」
微妙にミューは腹を立てているようだった。無理もない、カノンは基本的に雑で乱暴だ。フェアリーがどんな目に遭ったかは想像に難くない。
「覚えておこう。で、何と?」
「はい。『人数増えた。四人になった。悪い。迷惑かける。』と」
…今更ながらカノンの国語力は本当に大丈夫なのだろうかとかなり心配になった。そもそもあいつ、本当に自分より年上なんだろうか。

「…増えた?四人?」

内容は簡潔すぎるほどに簡潔だ。四人…ということはカノンとミロに加えて二人、謎の人物が泊まるということである。先日のように、来るときになって報告したら流石に悪いとでも思ったのだろう。微妙な心遣いだ。今回はもう来ることが前提になっている。
「…わかった。すまんなミュー。礼を言う」
「滅相も御座いません」
だがおれももうそんな事にいちいち驚いたり、いちいち気にしたりはしないようになっていた。カノンと付き合うにつれて、おれにもあの図太い神経が移ってきたようである。まだあと三日あるのだから、その間にとりあえず寝る場所だけでも四人分確保しておけばいいか、と冷静に判断していた。



























「よぉ、邪魔するぞ」
宿泊の荷物を抱えているという違いはあれど、カノンはいつも通りラフな格好で来た。その右斜め後ろあたりにミロが黙ってこっちを睨んでいる。
そして今日は、カノンの左隣に顔付きのよく似た茶髪で猫毛の二人がにこにこして立っていた。
「ラダマンティス、これアイオロスでこれアイオリア」

ああカノン、投げやりに紹介してくれたのは有り難いのだがこいつらはよく知っている。聖域との会談の際によく見かけるからだ。確か兄弟なのだったな……ん?そういえばミロは会談に出席していないのか?姿を見かけた覚えがない。それともやはり忘れているだけなんだろうか。
「…こんなにも黄金聖闘士が揃って聖域を留守にして大丈夫なのか?」
冥界ならば有り得ない。
「大抵女神が財団の仕事で不在だからな。留守にしてもあまり問題はないぞ」
「カノンの言うとおり、心配は無用だ!それに俺はきちんと有休をとってきた!」
そう高らかに宣言したアイオリアがどうぞ宜しくと言わんばかりに手を差し出してくる。おれも礼儀を弁えてその手を取り、握手を交わした。こいつは悪い気がしない。おれはもともと直情傾向の人間が結構好きである。
「聖域はサガが何とかしてくれているさ!ちなみに俺はバリバリ仕事だったけどサボってきました」
…教皇補佐まで抜けて本当に大丈夫なのか聖域。相も変わらず何とも不可解な場所だ…。
アイオロスの方も握手を求めてきたので手を取ると、何故か物凄い力で握られた。何故、と思いつつ、おれも負けじと握り返したのだが、双方ともに小宇宙が立ち上る事態になってしまったので焦ったカノンに引き離された。後で手のひらをみると結構な色になっていた。…アイオロスに何かしただろうか、おれは。残念だが心当たりが全くない。



しかしまた、どうしてこの兄弟が来るハメになってしまったのか。
「アイオリアはお前のとこの修練に参加したいらしい」
そう思っていたらちゃんとカノンが教えてくれた。
修練って、ああ、あれか…アンティノーラやトロメアは週三ぐらいでしか訓練をしないというが(基本的には必要がないからだ)、ここカイーナでは統率も兼ねて毎朝行わせていた。勿論おれも参加している。徹夜であまりにも疲労が激しいときは欠席することもあるが。
「お前たち聖闘士の方が修練の質は高いのではないか?冥闘士は冥衣さえ着れば肉体を相応しい形に変えられるからな」
「いや、」
立ち話もなんだと、バレンタインが気を利かせて部屋まで案内をしてくれた。ついでにいつもの茶菓子もさり気なく用意されている。
「それでも俺は冥闘士の戦闘力の高さを評価している。加えてラダマンティス、貴様のその姑息な手段に依らない純粋な強さ!これは是非、俺も学ばねばなるまい!」
何の遠慮もなく出された菓子を頬張りながら、アイオリアは目を輝かせてそう言い切った。どうやら褒められたらしい。おれのことはともかく、部下を高く評価されるのは嬉しいことである。
「そうか。ならば自由に参加するといい。バレンタイン、時間になったら連れて行ってやれ」
そこまで言われて修練に参加するなとは言えないものだ。元より参加を拒否する理由もないのだが。
「了解しました」
「よろしく頼む」
アイオリアがバレンタインに握手を求めた。バレンタインもそれに応じる。と、突然二人の小宇宙が燃え上がり始めた。アイオリアの隣にいたミロが大袈裟に驚く。それはほんの数秒ほどの間の出来事であったが、おれは何らかの部分で二人は意気投合しあったのだと理解した。何かはよくわからないが、仲が良いのはいいことだろう。

これでアイオリアに関してはわかったとして。
「……カノン」
「ん?」
「あの赤い鉢巻男はどこへ行った」
サボリの教皇補佐の姿が先程からずっと見えない。そういえば、部屋を入るときには既にいなかったような…。
「兄さんならさっき廊下で黒い髪の冥闘士に絡まれてたぞ」
「何?!」
「黒い髪?アイアコスか?」
もしかしてアイツまた仕事サボって抜け出してきたのか…!しかも嫌がらせのように(実際に嫌がらせなのだろうが)毎度毎度おれの所に来て仕事の邪魔をする。更に云うとアイツの嫌がらせは悪質だ。悪戯なんて可愛いもんじゃない。事実、おれの部下は何人も奴の悪質な悪戯の犠牲者となり、カイーナでは既に疫病神扱いだ。

「まぁ、でもいいんじゃないか?アイツ『ぶらり冥界一人旅がしたい』とか言って付いてきたんだし」
「それにアイオロスだし、大丈夫だろう」
「そうだな。兄さんだし」

そんな流れでアイアコスの新しいおもちゃになったであろう、赤鉢巻男の目的はカノンがあっさりとカミングアウトした。それなら別にカノンに付いてくる必要はなかったんじゃないかとおれは思うのだが、誰も突っ込まないので赤鉢巻についてはこのまま自然とスルーの形になった。





こうして、これから続く長いような短いような三日間が始まったわけなのだが…ん?ああ言ってなかっただろうか。そう、カノンが此処に滞在するのは三日間だ。
そもそもおれとカノンはただ話せる時間を長く持つために宿泊を考えたはずなのだが、一体何がおかしかったのだろうか……いや、その話は次に持ち越すとしよう。
ともあれ始まってしまったものは終わらせるまで続くのだ。たとえ始めたのが偶然であっとしても。




冥界執務室便り そのよん



続きます。もう段々ただの俺得になってきたけど私、めげません(?)

余談ですが、この話は私が姉上とくだらない話をしていたときに生まれたものだったりします。なんで「よし書こう!」と思ったかは謎です。