おれはあまり記憶力の良い方ではないが、事の起こりは確か初めて聖域と冥界が会談を持ったときだ。
当然おれは三巨頭のひとりとして会談の場に出席していた。その時、女神に付き添って冥界に来ていた聖闘士のひとりがカノンだった。奴は聖戦のときのように、双子座の聖衣を纏い、常に女神を守るように立っていた。
はて、双子座は奴の兄であるサガも居たはずなのだが、どうやらサガは『教皇補佐』としてこの場に出席しているらしかった。会談中は勿論、カノンと会話をするはずもなく、ただ遠目に見ていただけだ。
昼休憩を挟んだとき、おれは廊下でカノンと再び顔を突き合わせた。反射的に警戒したおれに反して奴は、まるで親しい友人に会ったかのように『よぉ』と片手をあげた。おれはますます警戒した。
「なんだ、会議室なら反対だぞ」
「迷子なわけあるか。昼からは女神と教皇と補佐殿だけらしいのでな、暇だ。どうせお前も暇だろうから話相手にでもなれ」
思わず眉間に皺を寄せた。人に偉そうな態度を取られるは嫌いだった。おれは結構自分に正直な方だ。嫌悪感を隠そうとしてもすぐに顔に出る。その所為でカノンにもばっちり伝わったらしく、奴は苦笑いした。
それから暫くの間、廊下の壁に凭れてどうでもいい話をした。内容は詳しく覚えていない。覚えるほどの話ではなかった。聖域、或いは海界の事項を、冥界側である自分にうっかり話すなんてことはしない奴だった。話振りを聞いている限り、間違っても教養がある、とは言えなかったが決して馬鹿ではなかった。おれは適当に相槌を打つ。
内容は確かに覚えていない。いないが、この数時間の間でおれは、カノンという人物の会話の特徴を掴みつつあった。
カノンの話の特徴、それは大雑把に言うとふたつある。
ひとつは、奴は基本的に『女神』か『サガ』の話しかしないということだ。合間合間に他の黄金聖闘士や海闘士達の会話を挟みはするものの、ほとんど話を割合は2人が占めている。しかもそのことにカノン自身は気付いていないらしく、特にサガに関してなど、ほとんどが彼に対しての文句や悪口であるにも関わらず、惚けかと思うほどだ。
さて、普通ならこの次にふたつめの特徴について述べるべきなのだろうが、実のところ言うとそれはこの時に気付いたものではないので、今は割愛させてもらうことにする。ともあれその片鱗は既に掴んでいた。ただこの数時間では確証に到らなかっただけだ。
おれはどちらかというと辛抱強い方ではない。人と長らく会話するというのが昔から得意ではなく、苦痛だった。が、この時会議が終わるまでの時間、おれはカノンの話相手をきっちり務めた。務めたどころか、おれ自身もくだらない身の上話をしたのだった。カノンと話をするのはそれなりに面白かった。
そしておれは、最初こそ強く持っていた警戒心を、途中で馬鹿馬鹿しくなって解いてしまった。何故なら、カノンの方には俺に対しての警戒心が全くなかったからだ。つまりカノンは、随分あっけらかんとした性格だった。というよりは、過去の出来事を気に病むような性質ではないらしかった。(あれだけ壮絶に相討ちを図った割に、その時のことを振り返って『かなり痛かった』としか感想がない程度には)そうなるとおれだけがいつまでも気にしているのもどうかと思い始めた。
不意にカノンの声が途切れて、不審に思うと鐘が鳴った。会議が終わったのだ。確かめるまでもなくそんなことは二人とも承知であったから、そろそろ行くか、とその足で会議室へ向かった。
「お前と話すのは気楽だな。難しいことを考えんで済みそうだ」
突然カノンがそんなことを言い出した。俺は未だにその内容を覚えている。もしかしてその直前までの会話を全く記憶していないのは、この時話した内容を覚えているのに必死だったからだろうか。
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味だ。俺はどうも堅苦しいのは性に合わん。聖域は年下が多いし、かといってサガと話しても言い争いしかせんし、お前が一番楽だなぁと今思った」
またサガか、と突っ込む前に、おれはひとつのことがかなり引っかかった。
「…カノン、お前歳は」
恐る恐る口にしてみた。女相手ではないのだから、そんなことで腹を立てられると思ったわけではない。その返事を微妙に恐れていた。
「28だ。お前は?」
「……23、だ」
痛々しい沈黙が流れた。会議終了を知らせる鐘の音だけが響いている。カノンが目を丸くしてフリーズしていた。カノンはカノンでショックを受けていたようだが、おれはおれでかなりの衝撃を受けた。
(……こいつおれより五歳も年上だったのか……!!)
正直、自分と同じかそれよりも下なのではと疑いなく思い込んでいた。今から思えばあのサガの双子の弟なのだからそれぐらいであって然りだ。衝撃が和らいでくると、今度はカノンに対して憐れみすら感じた。
廊下の向こうにアテナと教皇、教皇補佐達と聖域の面々の姿が見えて漸くカノンは我に返ったらしい。が、まだショックから立ち直れてないのか、目を分かり易く泳がせた。
「今日はどうも」
やっとの事でそれだけ搾り出しておれに笑った。
こういう場合に何と返せば良いのか、こちらこそと畏まっていうような相手ではないと、その時のおれにも何故かわかっていた。(思えば、幾らカノンが過去を気にしない人間であったからといってあれだけタメ口を聞いて果たし合いをすれば馴れ馴れしくもなるな、と今は納得している)
「話相手になるぐらいなら引き受けるぞ。おれも存外面白かった」
「そうか、そりゃあよかった」
言っても、この時話した内容なんざ、最後の年齢以外は何一つ記憶に残っていないのだが。面白かったのは事実だ。比較の為に例に引き出すが、ミーノスと話すとおれは必ずといっていいほど不愉快な気分になる。アイアコスとは会話にならない。こっちの体力や精神力が一方的に削られるだけだ。バレンタインを筆頭におれの部下達は非常に優秀だが、やはり部下なのでどこか対等でない。その点においてもカノンは、おれにとっても『気楽』であった。
「ならまた暇なときにでも来ようか。じゃあまたなラダマンティス」
ともあれ、奴との奇縁は聖戦から引き続き、この時に改めて仕切り直して始まったのである。
冥界執務室便り そのいち
ラダカノの馴れ初め・・・とか思ってたけど、ただのネタだと後から思いました。
コンセプトは
「ナチュラルにカノンが好きなラダマンティス」
「うざい周り」
「できるだけ健全ギャグ」
です
どこまで貫けるかは謎