※ふたつ続いてます
※今更ながら、ちょっと気持ち悪い話です











それはもう、びっくりとか云う問題ではなかった。衝撃だった。つい先程まで普通に自分と話していた筈なのに。
不自然に会話を止め、口元を抑えたカノンをミロは不審に思い、そのを覗き込んだ。するとカノンは勢い良く立ち上がって洗面台へと駆けていき、そのまま胃の中のものを戻したのである。ミロは目を丸くした。これでもかと言うほどカノンは嗚咽を繰り返し、空咳を出して血まで吐く。鮮烈な赤色を目にして、ようやくミロは我に返った。

カノンは素早く蛇口を捻る。口元を拭い、洗面台を洗い流し、両手を水に晒した。カノンは何も言わなかった。居たたまれなくなって口を開いたのはミロの方だった。
「だ、大丈夫か」
大丈夫じゃないことは見ただけでわかる。自分達は酒を飲んでいたわけでも性交をしていたわけでもない。普通に話をしていただけだ。

こういうときってどうしてやればいいんだっけ?前に飲み過ぎで吐いた自分をカノンはどうやって介抱してたっけ?思い出せない。思い出せないっていうか、吐いてるときは大体自分のことで必死だからまず相手を気にしている余裕がない。

ミロが半分フリーズしてる間に、カノンはほとんど落ち着きを取り戻していた。
「…ミロ、タオル」
「は?」
「タオル貸してくれ」
すぐにミロはその辺に引っ掛けていた白いタオルを引き抜いて乱暴に渡した。別に投げやりな気分になっていたわけではない、頭の中がこんがらがっていただけである。
「なぁ、どうした?変なもんでも口にしたか?」
「何でもない。大丈夫だ」
タオルで顔を拭きながらカノンは右側頭部を押さえていた。眉間に皺が寄って男前が台無しである。ミロにはもう見慣れた表情であったが。
「本当に、何でもないのか?何でもないのに吐くときがあるのか?」
問いかけに対する答えはない。カノンはじっと黙っている。ミロは苛々してきた。もとより隠し事をされるのは好きではない。のっぴきならない事情があるなら、そうと言ってくれればいいのだ。カミュならきっとそうしてくれるのに。勿論カノンはカミュではない。百も承知でやはり腹が立つ。
「そんな訳あるか。他人のとこでこれだけ吐いたのだ、意地でも口を割ってもらうぞ。そもそも何を隠す必要がある?体調のことなら尚更ではないか」
食べ物にあたったのだろうか?しかし此処に来てからカノンは水以外何も口にはしていない筈だった。と、いうより、此処に来てからカノンはソファーで寝ていただけで、時々暇なミロの相手を眠たそうにしていただけだった。
やはりカノンは答えなかった。
「……俺たちは…えーっと…そうだ、トモダチではないのか?」
カミュのように、明確に『友達だ!』と宣言したわけではないが、カノンと自分は友達だろう、多分。少々友達にしては行き過ぎたことをしていても、友達だ、間違いない。

ミロはカノンを真っ直ぐ見つめる。カノンは少し怯んで目を逸らした。変なところで意固地だな、とカノンはこっそり思った。だがそれ以上に自分も下手に頑固なのだ。カノンは無理矢理笑顔を作ってミロの目を真正面から捉えてきた。これには逆にミロが怯んだ。


「ああそうだ、トモダチだ。俺もそう思っている。だから例え隠し事をしたとしても、或いは隠し事をされたとしても、俺がお前を嫌いになることはない。それだけは間違いない」


今度はミロが黙り込む番であった。上手い返事が出てこない。あ、だとか、う、だとか、よくわからない声を出して目を泳がせる。
「お前のことは好きだよ、ミロ」
俯いたミロの目が大きく見開いた。頭から冷水ををかけられたように醒めた気分になる。こうしてミロはまた、カノンが何をしたのか、一体自分はカノンに何を怒っていたのかを忘れた。丸め込まれているという事実に気付かない。その傍らで右側頭部を押さえたままのカノンは、もうこれ以上は無理だなと考えていた。









核心回避



下のラダカノの方を先にかいてたのにこっちの方が早くできてしまった。狡いカノンさん。
私、今ようやくカノミロっぽいのをかいている気がしているのですが、でも私はやっぱり健全に彼らが好きだと真剣に思う。

























カノンは偏頭痛持ちである。ある時期に一定の確率で発生し、短くて半日、長いと一日とちょっとも続く。酷いときは食事が一切取れず、一言も口を利かないでうずくまっている。


今は丁度、その『酷い時期』の真っ最中。此処へ来るなり床に座り込み、水を傍らに置くよう頼んだ後は右側頭部を抱え込んでぴくりとも動かない。
ラダマンティスはカノンの体を案じて何度かソファーの上、もしくはベッドの上へあがるよう促したが、聞き入れようとはしなかった。



そんなカノンの症状を、兄であるサガは知らない。何故ならこの偏頭痛の原因は彼にあるからだ。

これは、サガの精神状態が不安定な時期にたびたび発生する。まだ軽いストレスならば発現に至らず何もないが、所謂『鬱状態』に入ってしまうと必ず表に出てきてしまう。カノンがやたらとサガの鬱を恐れるのはこの為である。サガを宥めようにも頭痛が酷くてどうにもならない。ましてや、『サガの鬱が原因で偏頭痛が起こる』なんて口にした日には、サガは今度も間違いなく自害するだろう。カノンはそれを異様に恐れている。

聖域で暮らすようになってからしばらくの間、カノンは偏頭痛が起きたらミロの元へ行っていた。天蠍宮に自分用として勝手に置いたソファーで寝たくなったとか言っておけば、後は大した詮索もなく寝たフリが出来るからである。しかし度々暇になったミロが構え構えとちょっかいをかけたりあまり乗り気でないカノンを不審に思ったり、あと何やら一事件あったらしく、ここ最近はずっと冥界に、ラダマンティスの元に来ていた。



別に、来ること自体は全く問題ない。カノンがラダマンティスの所に来るのは珍しいことではないし、カノンは大抵ラダマンティスが執務をしている近くで勝手に暇つぶしをするような奴である。会話がないことには慣れていた。

だが、どうにも居心地が悪い。恐らくカノンはこうして静かに放っておかれることを望んでいるのだろうが、残念ながらラダマンティスは、ひたすら頭痛に耐えようとうずくまる人間を目の前にして、知らん顔が出来るような精神は持ち合わせていなかった。
執務を中断して床に膝を付き、カノンの頭を撫でてやる。カノンはそれを止めろとも言わない。

ラダマンティスはカノンを、サガと同じくらい難しい奴だ、と思っている。サガの事はカノンの話の中でしか知らないが、扱いに慎重さが必要なのはどちらも似たようなものだろう、と推測していた。別に少し邪険に扱ってもカノンは鬱になったりはしない。その代わり非常に自然に、且つ何事もなかったかのように人から離れようとする。
ミロあたりがカノンとどう付き合っているかは知らないが、ラダマンティスは黙ってカノンを受け入れるような態勢を取ることにしている。ただ元来大人しく待っているような性質の人間ではないので、かなりもどかしく思われるときもあるがそこは我慢だ。遠慮が必要ないとわかる時だけ容赦なくすればいい。


「…この間、」
突然カノンが口を開く。意外にもしっかりとした声だった。
「頭痛が酷すぎて吐いた」
「酷いと、吐くものなのか」
「わからん。吐きまでしたのは初めてだったからな。…ミロに、悪いことをした」
ああ、だからミロの元に居づらくなったのだろうか。あの男がそんなことを気にするようにも思えないが、ラダマンティスはそこまでミロに詳しいわけでもないので噤んでおく。

「頭痛って何が効くんだろうな」
「知らん。おれは偏頭痛などなったことがないからな」
「そりゃあ良いことだ。わざわざ体験するようなもんじゃない」
「頭痛薬とか、試したことは?」
「ない。薬は嫌いだ」
「そう言わず一度飲んでみたらどうだ」
「どうせ定期的に来る。飲んだってその場しのぎにもならん」
「…そんなに喋って大丈夫なのか」
先程までの大人しさが嘘のようだ。
「何をしても変わらんのだったら、気を紛らわそうと思ってな」

そう言って笑いながら、きっとカノンはサガの事を考えているのだろう、とラダマンティスは思った。彼の精神さえ安定すれば、カノンの頭痛も引いていくのだ。カノンはサガに恨み言を言わない、例え彼の耳には決して入らないとしても言わない。勿論恨み言がないわけではないのだろうが、口にすれば終わると、そう漠然と考えている。



もしかしたら自分はサガに向かって、『お前の所為でカノンに弊害が出ている』と言ってやりたいのかもしれなかった。もし自分が後先を考えないような、無神経で猪突猛進気味な人間だったらそうしたのだろうが、カノンはラダマンティスがそうしないことを知って此処に来ている。だからラダマンティスもそれをすることはないだろう。もどかしかった。ラダマンティスはただカノンの頭を撫でるだけである。









黙秘症状



カノンは偏頭痛持ちだな、と何故か何の疑いも持たずに書き始めました。双子の身体影響って実際どのくらいのものなんだろう。
今更ですが、偏頭痛であってもカノンは弱くなったりはしないんだと思います。寧ろこういう時にこそ口先が回る奴なんだろう。
ていうか人間ある程度の体調不良など気合いで吹き飛ばせるよね。空元気でも元気って奴です。ちなみに私はそれをよくやります。体中に小宇宙が漲ってくる感じがしてハイになれるので是非お試しあれ。何の話だ。