ゴイセンパーティー in 金牛宮
白羊宮を出て次の宮といえば、説明するまでもなく金牛宮である。此処には貴鬼もよく遊びにくる。宮の主であるアルデバランは優しいので大好きだったし、基本的に他の黄金聖闘士には厳しいムウもアルデバランだけは非難したことがない。
貴鬼は斜め前(ほとんど隣)を歩くシャカをちらりと盗み見た。シャカはアルデバランと仲は良いのだろうか。何だかあまりイメージが涌かない。例えば仲が良いとして、一体なんの話をするのだろう。たった今、白羊宮から金牛宮までふたりでのんびり階段を上ってきたが、シャカは全くといっていいほど口を開かない。出てくる前に見せたちょっと楽しそうな笑み以外、相変わらず表情の変化は読み取れない。
貴鬼の疑問は余所に、シャカはずんずんと金牛宮の入り口をくぐり、中をきょろきょろと見回した。その後に貴鬼も続いて同じように首を振る。
「なんだ、アルデバランも不在かね」
非常に不満げなシャカの声は思っていたよりも宮の中に大きく響いた。貴鬼も首を傾げる。
「アルデバランも任務だというのか?」
続くそれが、貴鬼への質問であるということに気付くまでには数秒かかった。
「おいらはムウ様しかしらないよ?」
当然だ。他の黄金聖闘士の任務予定など、まだまだ修行中の身である貴鬼が知っているわけもない。しかし、もし外出をしているというのであれば必ず白羊宮を通っているはずである。貴鬼が覚えている限り、朝ムウを見送ってからシャカがやってくるまでは誰も宮を通っていない。入り口には常に気を配っていたので、通ったのならば必ず気付いている。
「おかしいなぁ、上にいるのかなぁ」
「上か。しかし第一、第二の宮と不在にするとは、自覚がないのもいいところだな。このまま私が普通に教皇宮まで登宮したらどうするつもりなのだ、全く」
今は平和だから大丈夫だと思いますよ、それにまだあと十個ほど宮ありますよ、と親切に教えてくれるような人間がこの場にいるはずもなく。代わりにシャカの腰下あたりまでしかない貴鬼の頭が驚きと共に少し跳ねた。
「シャカが教皇宮にいったら何かだめなことがあるの?」
「そうではない。例えばの話だ。私が悪者であったとして、先ほどのように何食わぬ顔で白羊宮までやってきたとしてみろ。確実に此処までの侵入は許していることになるのだよ」
「そんなの、悪いやつならおいらがやっつけてやる!」
「威勢がいいのは良いことだ。しかし相手がそれなりの実力者であればどうする?」
「実力者?」
「そう、例えばムウのような」
貴鬼はちょっと想像した。
「ムウ様はだめだよ。だってみんな勝てないだろ」
「ふむ、それもそうか。ならばミロでどうだ」
再び、貴鬼は想像してみた。
何だかいけそうな気がしてくるのが不思議だ。
「でもまだ双児宮も巨蟹宮もあるし、大丈夫じゃないかなぁ。シャカも普段は宮にいるじゃん」
ようやく貴鬼がそこに気付いた。ちなみにそれは、言い換えると引きこもっているともいう。
「ああ、当然だとも。例え巨蟹宮まで突破されたとしても、そこから先はアテナの名の下に私が決して通したりはせん」
「わぁ凄いねシャカ!」
「そうだろう。拝んでくれて構わんぞ」
「ははは、仲が良いなお前たち」
滑らかに会話へと入り込んできた声に、二人は同時に後ろを振り返った。そこには、顔に少し泥をつけたまま、両手に野菜でいっぱいの籠を抱え、豪快に笑うアルデバランがいた。
「珍しいな。お前たち、俺の宮のまえでどうしたんだ?」
その姿を確かめると貴鬼は、ぱぁぁ、と表情を明るくさせ、隣のシャカの指先をちょいちょいと引っ張った。
「シャカ、アルデバランいたよ!」
「ふむ。不在ではなかったようだな」
「?俺に何か用だったのか?」
アルデバランは宮の入り口に籠を置き、首にかけていたタオルで汗を拭く。そしてこの妙なコンビの顔を見比べるように交互に眺めた。貴鬼は、『シャカがお菓子をくれるというので一緒にいるのです』という主旨を伝えようと、シャカよりも更に高いところにあるアルデバランの顔を頑張って見上げて口を開きかけた。が、それよりも数秒速く、
「私は今、任務から帰ったばかりなのだよ」
ぴしゃり、と音がしそうなほどはっきりと、隣のシャカが発言していた。
アルデバランは目に見えて明らかに驚き、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。
「任務?」
「そうだ」
「ひとりでか?」
「もちろんだとも」
「何の任務だったんだ?」
「簡単な調査のようなものだ。報告は既に済ませてある」
言いながら、宙に何かを描くように指を動かす。つまり、辞世の句を書いたときと同じと言いたいのだろうが、生憎アルデバランはその時のことを詳しく知らないのである。しかし納得したようにアルデバランはしきりにうんうんと頷き、なるほどなぁ、と呟いていた。
「ともあれ、お疲れ様だな」
「そうだろう。もっと労りたまえ」
「うん、じゃあこれを」
アルデバランは宮の中へと入り、しばらくして大きな袋を抱えてやってきた。貴鬼は何だろう、とそれを凝視した。大きな、と言ったけれども、実際にその袋が大きいというより、中にものが詰まりすぎて膨らんでいるだけのようにも見える。袋の口は紐で結ばれており、アルデバランは手近な台の上にそれを置いてゆっくりと解いた。
中から、簡単に包装された小さな何かが、ころころと転がる。
貴鬼は、ぱ、とそれを反射的に指でつまみ上げて目の前まで持ち上げた。
「…あ」
チョコレートだ、台形の、いわゆるチロルとかいう。
「どれがいい?」
「ふむ…饅頭はないのかね」
「まんじゅう…ああ、前ムウのところで食べたあれだな。悪い、近所の子供とか訓練生にもしょっちゅう分けるんでな。村ですぐに買えるようなものしかないんだ」
「ならば仕方がない」
袋の中からはさらに飴玉や一口大ケーキ、クッキーにビスケットなどなど、魔法にかけられているかのように次々と雪崩出てくる。貴鬼は思わず感嘆の声をあげて目を輝かせた。
シャカは溢れる甘い菓子たちをひとつ、またひとつと手に取っていく。色んな種類、色んな味のものを無作為に選びながらも、数だけは常に偶数になるように、全てふたつずつ掴んでいる。
「これでいい。有り難く受け取ろう」
シャカがそういうと、アルデバランは嬉しそうに笑った。と、菓子をきらきらした目で眺める貴鬼に気付く。
貴鬼にもやろう、とアルデバランは優しく言おうとした、が、それよりも数秒速くシャカが貴鬼に手のひらを差し出すように促す。貴鬼は素直に両手のひらを上向けてシャカの前に出した。
その上にシャカは、先ほどアルデバランから貰った菓子をひとつ、またひとつと乗せていく。そう、丁度半分だ。瞬く間に貴鬼の小さな手は菓子で溢れた。
「わぁぁ!シャカありがとう!」
「感謝ならばアルデバランにするといい」
「うん!ありがとうアルデバラン!」
無邪気に喜び今にも跳ね回りそうな貴鬼に、アルデバランはさらに深く嬉しそうに笑みながら、小さな袋を渡してやった。そのままでは両手が使えないし、折角貰った菓子たちを地面に落としかねない。ついでにシャカにも同じものを分けてやったので、見た目も中身もまるで同じ袋がふたつ出来上がった。
「アルデバランって何でも持ってるね!」
「ははは、そうでもないぞー。たまたまだ、たまたま」
貴鬼は袋の底を手のひらに落としてはまた持ち上げてを繰り返し、たくさん入れられた菓子の感触を楽しんでいるようだ。
「どうだ、三時の菓子折りには丁度良いだろう?」
見ると、シャカはまた口の端を上げて笑みを浮かべていた。貴鬼は勢いよく首を縦に振る。これだけあれば、毎日食べたとしてもきっと3日はお菓子に困ることはないだろう。
「しかし喜ぶにはまだ早いぞ」
「え?」
「まだまだ、宮はあと十も残っているのだからな」
はっきりとは口にせず、ただ意を含ませて発せられたシャカのその言葉は、隣で菓子にテンションが上がっている貴鬼にも少し聞き取りにくいと思われるほど軽く、その場に放り出された。きょとんとして貴鬼がシャカの顔を見上げる。その様子にアルデバランが、野菜籠を持ち上げながら不思議そうに首を傾げた。
「なんだなんだ、何かあるのか?」
「ふむ、大したことではないが…なんなら君も来るかねアルデバラン」
シャカは悠々と歩みを進める。慌てて貴鬼もそのあとに並んだ。
「そうしたいのはやまやまなんだがなぁ」
アルデバランは両手に抱えた籠を示して苦笑いをする。
「それは残念だ」
「何をするかは知らんが、悪戯なら程々にな」
「む、私がそのような下賤な真似をすると思うのかね」
「違ったのか?」
「私達はただ布施を受け取りに行くだけだ。何も疚しいことなどない」
「そうかそうか」
シャカの言葉の意を理解したのかしていないのかは全く判別がつかないが、アルデバランは豪快に笑って金牛宮を通り抜けるふたりに手を振った。貴鬼も袋を提げている方の反対の手で振り返し、再びマイペースに階段を上り始めたシャカの隣に並ぶ。
楽しそうに足を弾ませる貴鬼を、シャカはちらりと見下ろした。
「嬉しいかね?」
貴鬼も、シャカの顔を見上げる。どちらかというとシャカの方が嬉しそうだ。
「うん!お菓子貰ったら嬉しいよね!」
貴鬼はますますわくわくしてきた。もしかして、シャカの言う『菓子を提供する』とは、こうやってみんなから貰える菓子を貴鬼にも分けてくれるという意味なのではないだろうか。
貴鬼は最初のシャカに対するほんのちょっとの警戒心と多大な好奇心を、シャカへの好意に変化させつつあった。宮を上る間は相変わらず口を開かないシャカだったが、皆に、関わるな、と言われるような人物には到底思えない。貴鬼は確かに、『まだまだ菓子が貰える!』という理由でシャカの後を追っていたが、それと同時に、この不思議な人物ともう少しだけ遊んでみたい、とも、漠然とした形で思い始めていた。
うちの牛さんは家庭菜園やってます。
ちなみに基本的な会話の内容は全くのアドリブで交わされています。つまり、特に考えてかいてなry
次は双児宮ー