今日、地上ではクリスマスなんですよね。突然クイーンが事も無げに口にして、初めてそういえばそうかと気が付いた。いや、今日が12月25日だということは覚えていたのだが、それがイコールクリスマスと結び付かなかった、という意味で。

別に、だからといって仕事が片付くわけでもなんでもない。ケーキが食べたい、とシルフィードが言い出してバレンタインに容赦なくど突かれる様を眺めながら、ラダマンティスはとにかく手を動かした。しばらくしたらクリスマスだと言うこともすっかり忘れた。


















仕事を終えた正確な時刻はわからないが、いつもより早いなと何気なく思っていた。ともかく三日間休みなしでそれらを片付けたわけだが、やはりというかまぁ当然というか、結局部屋に戻ったらどっと疲れがのしかかってきて、いつの間にやらソファーに突っ伏していた。


































人の気配に目が覚めた。

半分、これは反射に近い。僅かに鼻腔を擽る妙な匂いが決定打だった。嫌な気配ではなかったため、特に急ぐこともなくのそりと首を持ち上げて部屋を見回すと、見慣れた青と目が合った。

「おお、起きたか。意外と早かったな」
死んでいるかと思った、と冗談を言うのは片手に透明グラスを持ったカノンだった。
「…どこから入った」
「玄関から」
「…ノックぐらいしろ」
「したぞ。したが反応がなかったからどうしようかと思っていたら、ミーノスが入って構わんと」
何故そこでミーノスの言うことを聞くのか。此処は俺の部屋なんだが…という文句を口にするのも面倒だ。カノンの不法侵入は今に始まったことでなく、しかも大抵はミーノスかアイアコスが勝手に上がらせていたりする。カノンはともかく、あの二人はどうしようもない。

「その調子だと年末まで執務で張り付けか?ご苦労さん」
冷蔵庫から勝手に水差しを出してきたカノンは、ソファーの向かいにあった椅子に座り、覚めきらないラダマンティスにへらへらと笑んだ。途端、ラダマンティスは強い警戒心を持ってカノンを見た。

注意信号が出ている。
何って、カノンの機嫌が良い。




「…なにか、良いことでもあったのか」
警戒心を隠そうともせずに、ラダマンティスは低い声で尋ねた。
「ああ、うまれてはじめてクリスマスパーティーなんてものを体験した」
「クリスマス…」

今日、地上ではクリスマスなんですよね。

記憶の比較的新しい部分から、クイーンのその一言が引き出されてくる。そう、そうだった。ハーデスを信奉する冥界では全く関係のない話ではあるが、もしかして仕事が早く片付いたのはケーキが食べたいシルフィードの頑張りのお陰だったのだろうか。
「二週間ほど前か、アイオロスの奴がやるから準備しろと煩くてな。このクソ忙しい時期にわざわざパーティー用の買い出しに行く羽目になったり、プレゼント用意しとけとかまで言われて」
「…そうか」
「イブの晩から酷い騒ぎだったぞ。もう宴会と何も変わらん。ケーキを食うか食わんかぐらいだろうな、違いといえば。今朝には女神もお戻りになられて、そこからゲームだかプレゼント交換だか、とにかく大変だった」

カノンはよく喋った。平時よりも饒舌になっていることは明らかで、どうやら酒が入っているらしかった。眠りから覚める前に鼻についた匂いは間違いなくこのアルコールの匂いだろう。カノンは酒にかなり強い方であるし、匂いも大して気になるほどのものでもなく、ただふと気付いただけのことである。





「…それで、楽しかったのか」
「ああ」
返事はひどくあっさりしていた。身を起こすのが面倒で、首だけをカノンの方へと向ける。
「だから、楽しさを裾分けしてやろうと思ってな」
そう言うカノンの足下から何かがのそりと姿を現した。机にどん、と乗せられたそれは、どこからどうみても瓶の形をしている。ここで酢だとか、素っ頓狂な答えが出せるほどラダマンティスはユーモラスではない。酒だ。どうやらアルコールの匂いはカノンのものだけではなかったらしい。

「買い出しのときに、デスマスクと酒市場に行ったんだ。やることが色々ありすぎてお前の分まで何か選んでる暇がなかったんで、まぁこれなら飲むだろうと」

気を遣わんでもいいのに。言いかけて、そうではないかと口を噤んだ。カノンは人に施すのが好きなのだ。しかもそれは習慣から培ったものでもなくて、つい此処最近になってカノンが自発的に気付いたことだと言うことを、ラダマンティスは知っていた。




机の上に置かれた酒瓶を眺めてみる。ラベルの端にイギリス製という文字を捉えた。








「そういえば雪が降っていたぞ」
「雪?」
「ああ、ヨーロッパはひどい寒波だとテレビで言っていた。…といっても、冥界には関係のない話か」
「そうだな。久しく見ていない気がする」
「何なら今から見に行くか?」
カノンはグラスに水を注いでいた。器用にふたつ指に挟んみ、片方をラダマンティスの目の前に差し出す。
「もう真っ暗で何も見えんだろうが。それとも、もう一眠りでもするか?」
「…いや」



受け取ったグラスに少し口をつけて、ラダマンティスはやはりカノンの顔を覗いた。生まれてはじめてのクリスマスパーティーは何やら複雑な感慨を彼にもたらしたようで、それが何と言えばいいのやら。冷静に黙視を続ける傍ら、妙な感覚がグラスを握る指先にあった。








ラダマンティスはゆっくり口を開いた。



「カノン」
「ん?」
「抱き締めていいか」
「ぶっ…!!」













丁度水を口に含んでいる最中だったカノンは、盛大に吹き出した。同時に少量の水が気管に直撃したらしい。

しばらく息を整えた後、カノンは素直に驚きをもってラダマンティスを見る。
しかしそれ以上に狼狽えることはなかった。
「お前、眠いのか?」
あくまで尋ねる形で、未だソファーに首だけをあげた状態で突っ伏しているラダマンティスを気遣った。
「いや、ちゃんと起きている」
「ならどうした」

大した理由はないというのが正直な答えだ。強いて言うなら、案外喜怒哀楽のはっきりしていてわかりやすいこの男が、急に愛おしく思えただけである。





「……」

落ち着いてはいたが、それからカノンはぴくりとも動かなかった。瞬きを繰り返しながらラダマンティスを見ている。

「いいか?」
もう一度尋ねると、ようやくカノンは眉間に皺を寄せて、いやだ、とはっきり口にした。
代わりに、ぐしゃぐしゃとラダマンティスの髪を掻き撫でて、その頭を両腕で抱え込んだ。

「今日は気分が良いんだ。こっちで我慢しろ」



面倒で身を起こさなかったことを少し後悔した。後悔しながらも、その温かさに微睡み始める。腕を伸ばして冷たい髪に触れた。間近になったカノンの目も半分閉じかけている。酔いもあってか、どうやら流石に眠くなってきたらしい。このまま二人して寝落ちというのはどうも異様な図に思えるが、何だかどうでもよくなってきてラダマンティスは目を閉じた。








今日、地上ではクリスマスらしい。

最後にそれが頭の隅を駆け抜ける。しかしその時、時刻は既に25日の終わりを指していた。













終日サイレントナイト






ラダカノがクリスマス。
どうも、一番最後に急いで書いたので適当さが滲み出ているような・・・
しかもネタが二転三転したおかげでボツになったけどかいてみたいのが跡にゴロゴロ残るという結果に。なんだと・・・

ともかくハッピーメリークリスマス!