吐く息は驚くほど白かったが、不思議なくらい寒さは感じなかった。すっかり日の落ちた午後7時、明かりがぽつぽつと照らす街の中を早足で駆ける。
























「ミロ、待ってくれ」
「遅いぞカミュ!」


どんどん先を行ってしまうミロに特別声を荒げるでもなく、しかし少し困ったようにカミュが言う。ミロは振り返って立ち止まるが、待ちきれないのか落ち着かなく足でばたばたと地団太を踏んだ。その様子に思わずカミュはほくそ笑む。

「そんなに急がなくても巨大ツリーは逃げたりしないぞ」

だってツリーに足はない。むっくり立ち上がって両腕を振り乱し、その場から逃げ出すなんて、それはそれでとても面白いかも知れないが。

「ツリーが逃げるか逃げないかは問題ではないのだ!」
口調は少し厳しかったが、ミロはひどく嬉しそうに目を細めて、にやぁぁぁ、とした。
















嘘みたいに大きなツリーが、12月からクリスマスまで夜、ライトアップされるらしい。欧州一だと豪語して評判が広まって、12月の頭にはひとで溢れた。確かに馬鹿みたい大きくて、どこからそんな木を見つけてきたんだ!と新聞を見ながらミロは思わず叫んでいた。

初めはその大きさにやいのやいのと騒いでいたのだが、改めて新聞の写真を見てみると、なるほど噂になるぐらいだ、確かに綺麗な電飾ツリーらしい。しかしこの荒い紙に印刷された写真ではよくわからない。ならばよし、見に行こうではないか!ミロは決心し、その時はまだシベリアから戻っていなかったカミュに大急ぎで連絡をしたのだった。





















昼間は驚くぐらい大騒ぎをして、夕方に慌ただしく聖域を出た。聖闘士の足をもってすればこんな距離など大したことはないのだが、流石に街中で高速移動は危ないし怪しすぎる。もどかしいがきちんと歩いた。ときどきばたばたと競歩になった。後ろのカミュはずっと同じペースでミロについてきている。


「カミュどうした。今日はやけに歩くのが遅いではないか」
いつもはミロよりもちょっと速いときだってあるのに。今日はミロより遥かにゆっくりだった。
「うむミロよ、ツリーも早く見たいところだが、この街のライトアップもなかなかのものだぞ。折角来たのだから、目に入れておかなければ損だろう」

あまり顔には出ないが、カミュはこういったものに多大な興味があったりする。電飾の色合いや配置、周囲との調和具合など、眺めて心中評価を下すのが半分趣味で、半分癖なのだ。

「後でゆっくり見ればいい。なんせ夜はうんざりするほど長いのだからな!」

それもそうか。まだ時刻は午後7時で、冬だから夜が明けるのも遅い。そんな時間までカミュもミロも起きていられるとは思わないが、そう考えれば別に帰り道にのんびり見るのも構わないか。そう結論づけかけて、いや待て、と停止をかける。行きと帰りでは向きが違うから、ライトアップも違うように見えるのではないか?振り返って眺めたところで同じ感覚は味わえまい。それにライトアップされている道は勿論此処だけではなくて、違う道にもあるわけで。

「駄目だミロ、やはり私はゆっくり見ていきたい」
頭をフル回転させたその過程は語らず、出した結論だけを簡潔に伝えた。前方のミロとの距離は、目を凝らしてやっと表情が見えるか見えないかぐらいにまで開いてしまっている。


しかしミロから文句の類は一言も洩れなかった。代わりにその場で立ち止まり、真剣に電飾を観察するカミュへ満面の笑みを見せた。
「ああ、なら存分に見ていくがいい。待っててやる」
先程まではばたばたと忙しなかったというのに、それが今は嘘のように落ち着いている。カミュは少し申し訳なさそうに眉を顰めた。
「すまないな」
「なんだ、謝るなどらしくないぞ」
「お前はツリーを見たがっていたではないか」
「そんなもの構わん」
「いや駄目だ、やはりすぐに行こう。折角お前が誘ってくれたというのに、当初の目的が果たせなくてどうする」
「ツリーは逃げんのだろう?」
「いや、もしかしたら今この瞬間に停電、などということも有り得るのだぞ」


急に焦ってめちゃくちゃなことをカミュが言い出しても、ミロは落ち着いていた。むしろますます笑みを深めてにやにやしている。これにはカミュが訝しげな顔をした。


「ちゃんと聞いているのか、ミロ」
「ああ、ばっちり聞いているとも」


ミロは軽快に目の前の段差へ飛び乗った。カミュより少し目線が高くなる。そういえばミロは、いつもこうして平地よりちょっとでも高い場所に立ちたがる癖があった。ふとそれを思い出す。










「別に構わんのだ。カミュ、俺は待てるぞ。ちゃんと来てくれるのならな」
「それは、」
間髪入れず、カミュは自信を持って頷いた。
「必ず行くぞ。待っていてくれるのなら」
当然だと言うカミュにミロも頷いた。




「そう言うと思っていた」
「何?」
「いつもそう言うのだと、知っているから俺は待てるのだ」
そして少し高めの段差の上で両腕を広げて、人目もはばからず大きな声をあげた。






「愛してるぞカミュ!」





ずっと険しい表情をしていたカミュは、少し面食らったように目を大きく開いていた。が、すぐに頬を綻ばせ、愛おしいものを見るようにミロを見上げた。
そして、ミロと同じように両腕を広げて、負けないぐらい大きな声をあげた。


「ああ私もだ。愛しているミロ。いつも待っていてくれてありがとう」





思い出したように白い息が、カミュの口からふわふわと、明かりに照らされた夜道に躍り出る。冷たいはずの空気はやはり不思議と特別に感じることはなく、むしろ体の芯から温かさが込み上げた。





















「ミロ、ツリーを見に行こう。お前が楽しみにしていたツリーだ」
両腕を収めきらないまま、カミュはすたすたとミロの前まで歩み出る。そしてその冷えた手をとった。
「欧州いちだぞ、新聞で見るより遥かに凄いに違いない」
手を引かれるままに、ミロは段差から軽やかに飛び降りた。掴まれた手を逆に強く握り返し、ぐいぐいと進行方向に向けて引っ張り始める。
「早くしなければ、ツリーが逃げてしまうかもしれん!」
「そうだな。ああ、やはり逃げるときは足を生やして両腕を振り上げるのだろうか」
「何を言う!幹の部分を切り離してロケットになって飛んでいくに決まっているだろう!」
「む、その発想はなかったな…。しかしそれでは予め、幹の中にロケットエンジンが搭載されていることが前提なのではないのか」
「足が生える方が難しい気がするぞ」
「ならばツリーは逃げん。大丈夫だミロ、此処からは並んで歩こう」
待ってくれとか待ってやるとか、もう面倒くさいと言わんばかりに、歩幅も合わせて明るい街を行く。




そうしたってまた、明日には大きく差が開いていて、ミロの方が遥か後方になってしまっていることだって、あるだろうが。それでもいいのだ。ミロはカミュにはわからないように薄く笑った。







必ず行く、ありがとう、愛している。








たったそれだけで、ミロはカミュを信じた。たったそれだけで、今日は最高のクリスマスだろう。馬鹿みたいに大きい、輝くツリーはもう目の前にある。











夜行性電飾ツリー






カミュミロのクリスマス。
かいてる途中でわけわかめになったのですが、もういいや、どこへでもいってしまえという感じで。

一番このクリスマスネタのテーマに沿えた気がします。無条件に幸福。