「貴鬼よ、何をそんなに沢山抱えておるのだ」
色とりどりの箱を視界に捉えた。赤だとか緑だとか青だとか黄色とか、見ているだけで目がちかちかしそうである。それを危なっかしく両腕いっぱいに抱え込んだ貴鬼は、シオンを見るなり、あ!と声をあげ、元気におはようございますと挨拶をした。
「今は昼だぞ…」
細かいことは脇に追いやる。シオンはひょいと貴鬼の腕から箱をひとつ抜き取った。緑の包装紙に金色のシールが貼られ、申し訳程度に赤いリボンがついている。想像していたよりも軽い。
「随分と豊作ではないか。どうしたというのだ」
「はい!今日はクリスマスだから、みんなプレゼント配ってるんです」
おいらもあげました!とはきはき喋るこどもに、シオンは大人気なく思い切りしかめ面を見せた。
「クリスマスだと?」
「はい!シオン様はご存知ありませんか?」
「馬鹿者それぐらい知っておるわ。私が聞きたいのは、何故キリスト教の祭りが聖域で一般化しとるのかという話だ」
女神は寛容だ。しかも今生のアテナは世界的に有名な財団の令嬢で、実質のトップである。それに日本人として育てられたのもあり、異文化の祭りや行事に対してもかなり積極的な姿勢を示している。だからここで他宗教云々口にするのはかなり今更なのだが、一応聖域を統括する教皇としては一言物申さずにはいられないというか、言わなければならないというか。
「アテナがお許しになっているとはいえ、不敬に値するぞ」
「でもおいら、アテナ様からも貰ったよ」
「……」
貴鬼は机の上に箱を落とし、ひとつひとつ大事そうに並べはじめた。中には箱じゃなくて袋にリボンを巻いただけのものもあるし、どれも大きさはかなりばらばらだ。明らかに大量の菓子を適当に振り分けただけの手抜きプレゼントとか、逆に何が入ってるんだと恐ろしくなるほど縦長の箱とか。
「…聖闘士も暇なものだな」
いや、いいのか。暇で。平和な証拠だろう。尤もそれは、あくまでも今のところ『他の神との大きな諍い』がないというだけで、実際には今も多くの聖闘士があちこちに赴いて任務にあたっている。
しかしまぁ、お気楽なものだ。グローバルだかなんだか知らないが、ある地域では宗教戦争が何回も何年も繰り広げられたりしているというに、こうも容易く順応されてしまうとは。複雑だ。二百年前ならどうだったろう。考えて、ふと先代アテナはイタリア出身だったことを思い出した。彼女もクリスマスには寛容だった。
改めて思う。二百年は長かった。その間に聖域どころか世界も随分様変わりして、夜でも街は明るくて車はどこでも走っていて空には飛行機が飛んでいて、それが全部当たり前になっている。
「ん?」
ふと並べられた色とりどりのものの中に、プレゼントにしては随分と粗末な茶色い箱を見つけた。包装は全くされておらず、蓋はセロハンテープで繋がれているという何とも素っ気ない雰囲気だ。
「それは誰から貰った?」
「ムウ様です!」
ほぉ、と小さく呟き、シオンは興味深そうにそれを手に取った。腕にずしりと重量がかかる。ああ、とシオンはにやりとした。蓋を開けるまでもない。貴鬼に尋ねることも必要としない。上下に揺すって確認すらしなくていい。この重みだけで中身は明らかだった。
「ムウ様が、おいらのものですよって」
貴鬼はシオンを見上げながら照れ笑いした。
「…そうか」
茶色の箱を机の上に置き、その頭をシオンは撫でてやる。
「良かったではないか」
そうしてまた、長かったな、と考える。たった十三年でもこの変化だ。二百年なら尚更だろう。同じようにムウの頭を撫でていたことが、シオンの中でどんなに記憶に新しくても、ムウはもう立派な青年になっていた。同じように、シオンが頭を撫でられていた時期が、更にその前には存在して。
(はいシオン、どうぞ)
優しい声を思い出した。そうだ、丁度この頭の位置よりもう少し上ぐらい。自分は大体今より頭ひとつふたつ小さいぐらい。
(クリスマスですからね)
アテナ、聖域にクリスマスはありませんよ。此処では貴方の誕生日が祝われるのですよ。
言えなかったのは、恐れ多かったわけでもなんでもない。
「よし。貴鬼よ、私もお前にプレゼントをやろう」
貴鬼は驚いたようにまばたきを繰り返した。
「いいんですか?」
「ムウがやったというのに私は何もやらんというのも癪だしな。だがよいか、私はクリスマスに便乗するわけではないぞ。あくまでこれはお前への褒美だ」
そう、いわば今も綿々と続く営みへの激励だろうか。これからも精一杯続くといい。
シオンは久しぶりに、白羊宮の倉庫へ足を踏み入れた。ムウがきちんと管理をしているからだろう、昔は扉をあけただけで舞い上がった埃も今はなく、中の顔触れも随分と変わってしまっていた。それでも特に苦労もなく見つけられた小さな箱を引っ張り出し、そのまま貴鬼に手渡す。
「私の工具だ」
「そんな大事なもの、おいらが貰っていいんですか?」
「それは私が死ぬ直前に買い換えたものでな。ムウにやろうと思っていたが、結局渡せず今まで放ったらかしだったのだ。ムウも倉庫整理のときに気付いてもいいようなものを、まぁ私がいなくなってから宮にはいなかったというのだから仕方あるまい」
「だったらムウ様に…」
「ムウから貰った工具と併せて、丁度良いだろう」
貴鬼はちょっと戸惑っていたが、シオンが笑んでいるのを見るとすぐに頬を綻ばせ、両手を伸ばして箱を受け取った。大事そうに抱えて、ムウから貰った愛想のない箱の隣に並べる。
「ありがとうございますシオン様!」
貴鬼は深々と頭を下げた。しかしすぐに思いついたと顔をあげ、お茶いれます!と大きな声で宣言する。
「お菓子もいっぱい貰ったから、シオン様も一緒に食べましょう!」
おいらだけで全部食べちゃったなんていったらムウ様に怒られちゃうかもしれないし、と正直に付け足して口にしているあたりはまだまだ子供だ。戸棚からカップを手早く取り、ばたばたと台所へ駆けていく貴鬼を温かい目で見送った。
(クリスマスは誰もが幸せになれる日なんですよ)
そういってひとり、気丈に笑った少女が頭をよぎる。椅子に腰掛け頬杖をつく。シオンは目を伏せて笑った。
(アテナ、シオンは今、二百年以上もの時を経てようやく、その幸せを噛みしめております)
我ながら馬鹿みたいに時間をかけましたという、小さな苦笑いを。
時間旅行プレゼント
大羊と子羊にクリスマス。
最近思ったわけでもないですが、羊一家が滅茶苦茶好きです。
最近思ったのは、シオン様が個人的にブームです、はい。